幸鷹さんは何やら真剣に勉強しているようなので、声をかけないことにした。
顔見知りのウエイトレスさんに案内されて、奥の方にある席に座る。
パフェを2つ頼んで店の中を見回すと、時朝さんが黙々とスパゲティーを食べているのを見つけた。
そういえばin the timeの営業時間は10時から21時までだから、この時間がランチタイムなのかも。
でも、こんな時間にお昼食べてたら体壊しちゃいそうだなあ。
そんなことを考えていたらパフェが運ばれてきた。
メールを打っていた千歳が携帯を閉じて身を乗り出す。
「わ、美味しそう。リンゴのパフェなんて珍しいわねえ。」
「リンゴって色が変わっちゃうから作り置きに向いてないんだって。だからファミレスとかはあんまりメニューに入れないらしいよ。」
「詳しいのね。」
千歳に褒められてちょっといい気分。
「なんてったって、このパフェは、私の意見でできたようなもんだからね。」
「あ、もしかして、この間言ってたセクハラ店長との試食会?」
「そうそう。」
顔を見合わせて笑う。
千歳がバックヤードの方を見て、急に小さな声を出した。
「ね、あの人でしょ?」
振り向くと、翡翠さんがバックヤードから出てくるところだった。
思わず隠れる。
「なんで隠れるの?」
「なんとなく・・・暇ならシフト入れって言われるような気がするんだもん。」
千歳が吹き出すと、リンゴをフォークで刺して齧る。
翡翠さんを見ると、スパゲティーを食べ終わった時朝さんの前にコーヒーを置いて、そのまま向かいの席に座った。
「やばい・・・座っちゃったよ・・・」
ひそひそ声で千歳に言うと、千歳は面白そうに私を見てシーッと人差し指を唇に当ててから、リンゴのシャーベットをスプーンで掬う。
私も、翡翠さんの様子を見ながらパフェを食べることにした。
最初はにこにこと時朝さんをからかうような表情をしていたけど、時朝さんが真面目な顔で何かを話し始めると、笑顔を引っ込めた。
胸ポケットからタバコの箱を出して一本取り出すと火をつける。
翡翠さんがタバコを吸うのは私も知っているけど、こういう場所で吸うのは珍しい。
休憩室でシフト組んでる時とか、店長室で売上実績見てる時とか、そう、何か考え事してる時が多いみたい。
長い足を組んでテーブルに片肘をつくとタバコを持ったまま頬杖をつく。
そんな何気ない仕草もサマになる翡翠さんは、やっぱり大人の男の人なんだと思う。
時朝さんが時計を見ると立ち上がった。
翡翠さんもタバコを消して立ち上がる。
私は気付かれないように、俯いてパフェに集中した。
でも、翡翠さんに敵うはずもない。
「おや、姫君じゃないか。」
「こ、こんにちは、翡翠さん。」
時朝さんが驚いたように私を見つめていたが、すぐに会釈をしてレジに行ってしまった。
それを見送ってから、翡翠さんは、私のそばに屈んで小声で言った。
「姫君は、アクラムという外人男性を知っているかい?」
「いいえ。」
「そうか。ならいいんだ。忘れておくれ。」
翡翠さんはそう言ってにっこり笑うと、バックヤードに戻って行った。