私はびっくりして慌ててそこから逃げた。
英語なんて喋れないよ!
in the timeに駆け込むと、時朝さんが接客カウンターに手をついて、深刻な顔で床を見つめていた。
顔を上げてはっとした顔になる。
「花梨さん・・・どうなさいましたか?」
「す、すみません、今、外人さんに声をかけられて、逃げてきたんです〜!」
ハアハアと息を切らせながら言うと、時朝さんが愕然とした顔をした。
どうしたのか聞こうと思ったら、すぐにいつもの表情に戻ってしまった。
「そうですか・・・ご無事で何よりです。」
ま、いっか。
とりあえず、接客カウンターに腰掛けることにした。
「和仁さんは、お休みですか?」
「もうすぐ大学からお戻りになると思います。」
時朝さんは、和仁さんに最上級の敬語を使う。
「バイトの和仁さんがあんなに偉そうなんだから、時朝さんも、もっと偉そうにして良いんじゃないですか?」
時朝さんは、私の言葉に目を丸くすると、ふ、と遠慮がちに微笑んだ。
親戚だけあって、仕草とか言葉遣いとかが、けっこう頼忠さんに似てるんだよね。
「和仁様はアルバイトではありません。いずれ経営者になる時のためにと、お父様の命により無償で働いていらっしゃいます。」
「ええっ?タダ働きですか?」
「はい。最初はずいぶんと抵抗があったようでしたが、逃げたり隠れたりせず、真面目に取り組まれるご様子は、私の胸を打ちました。私は教育係として和仁様をお預かりしていますが、尊敬の念を抱いていることも確かです。」
「そうだったんですか・・・」
「近頃は少しずつやりがいを感じてくださっているようです。先日などは自発的に商品を売れやすい配置に直してくださいました。何でも大学の授業で販売促進・・・」
時朝さんが急に口をつぐむ。
自動ドアが開いて和仁さんが入ってきた。
「花梨じゃないか。何の用だ?」
大股で歩いてきて接客カウンターの向こう側にドサリとリュックを置くと、私の向かいに座る。
時朝さんを見上げると、心得たように頷いた。
そんな和仁さんを、時朝さんは頼もしそうに見てから私の方を向く。
「では、花梨さん、私は食事に行って参ります。」
時朝さんはエプロンを外すと、店の外へ出て行った。