子供の時に、暑いからってたくさんジュースを飲んで泳いだら、溺れそうになって。
それ以来、あまり海で飲み物を飲む気にならない。
幸鷹さんが財布を持って立ち上がると、翡翠さんが思い出したように言った。
「私の分も頼んで良いかい?」
どうして幸鷹さんがこの場を離れようとしているのか考えたら、そんなこと言えないと思うのに、翡翠さんは何事もなかったかのような顔。
「なんなりと。」
幸鷹さんが憮然としながら言っても、翡翠さんは素知らぬ顔で財布から千円札を取り出す。
「エビスを2本。」
「飲むなら海に入らないで下さいね。」
念を押すように言いながら千円札を受け取ると、幸鷹さんは大股で去っていった。
「翡翠さん・・・幸鷹さん、怒ってますよ?」
「知ってるよ。」
「ええっ?!」
気付いてないのかと思ったのに・・・じゃあ、どうしてあんな怒らせるようなことばかり・・・?
私が考え込んでいると、翡翠さんは可笑しそうに私を見て言った。
「時間稼ぎだよ。」
「えっ?何のですか?」
「もちろん、花梨と・・・」
翡翠さんが急に私の腕を引っ張って、ポカンとしていた私はいとも簡単に翡翠さんに抱き締められてしまった。
「・・・こうするためだよ。」
悪戯っぽい顔で、翡翠さんが覗き込んでくる。
「えっ、ええっ?!」
私がパニックになっているうちに、翡翠さんは軽々と私を横抱きにして膝の上へ横向きに座らせた。
スルスル、と背中を翡翠さんの手が這い上がる。
「やっ、ダメです!幸鷹さんが戻って来ちゃいます〜!」
私は必死で抵抗した。
だって、翡翠さんは本当に油断ならないんだもん。
気付かないうちにブラジャーのホックが外れてたりするんだから!
この場で水着を脱がされて裸にされちゃう可能性だって、十分あるんだから!
「だから、時間稼ぎだと言ったろう?エビスはコンビニまで行かないと売っていないからね。人間失格の堅物はエビスが手に入るまで戻って来るまい。」
そこまで計算済み?!
それに、ちょっと幸鷹さんが可愛そうじゃない?
私は驚くどころか呆れてものも言えない。
そんな私の気持ちも全部お見通しな翡翠さんは、私に顔を近づけて低く囁いた。
「ふふ、酷い男だと思われても構わないよ。もともと人間失格なのは私の方だ。仲間を陥れても花梨に触れたいという欲望を抑えられないのだからね・・・」
ううっ、もうダメ。
腰にくる声でそんな風に言われると、思考が全部吹っ飛んじゃう。
体中の力が抜けてしまった私に、翡翠さんは優しい声で言った。
「・・・安心しなさい。私だって、公衆の面前でふしだらなことをする趣味はない。」
それから翡翠さんは、さっきまで使っていた麦わら帽子で私たちの顔のところだけを上手に隠して、キスをした。