駅前のファーストフード店で、私と泰継さんはフライドチキンを食べていた。
「これは爺と婆には無理だな。花梨さんと食べて来いと言った訳が分かった。」
チキンを食べ終わって、泰継さんが言った。
「どうして無理なんですか?」
「衣が固い。爺と婆は入れ歯なので、好きな煎餅もたまにしか食べない。」
確かに・・・うちのお婆ちゃんもそんなこと言ってたかも・・・
「まあ、ここのは特別固いですから・・・」
「そうなのか?」
「はい。」
「添加物を控えているのと関係があるのか?」
「・・・多分、ないと思いますけど・・・どうかな?」
私が首を傾げると、泰継さんはいきなり立ち上がった。
「聞いてくる。」
そう言って、レジのところにスタスタと行ってしまった。
泰継さんがレジに居たアルバイトの子に何か言うと、その子はクレームだと思ったのか青い顔で頭を下げて奥へ引っ込む。
代わりに、店長バッチを着けた20代後半ぐらいの女の人が出てきて、許しを請うように何かを説明をして頭を下げた。
泰継さんは、納得したように頷いて、席に戻ってきた。
「固いのは、小麦粉の代わりに米粉を使っているからで、添加物を控えているのとは関係ないそうだ。」
「そうですか・・・」
泰継さんは、知りたい、やってみたい、と思ったらすぐに行動に移す。
もともと周りの目を気にしない人だから、あんな風に誤解される事も多い。
泰継さんは、誤解されている事にもあまり気付いていないから良いのだけど。
そばで見ている私は、いつもハラハラする。
でも、私は泰継さんを責めたくはない。
泰継さんを見ていると、泰継さんのように生きてみたいと思えてくる。
今までの私は、周りの人と同じように過ごす事が正しいと思ってた。
知りたい事も、やりたい事も、いっぱい我慢してた。
最近は、我慢をしようとすると、心の中で泰継さんの澄んだ瞳が、私に問いかける。
・・・なぜだ?
泰継さんにそう言われると、どうして我慢するのか、確かな理由がない事に気付いてばかりで。
周りの人に迷惑をかけない程度ならば、我慢する事ないんじゃないかって、最近の私は思うようになった。
泰継さんがペーパータオルで手を拭いて、ポケットからむき出しのままブレスレットを取り出した。
「恋人同士は、クリスマスプレゼントを贈りあうものであろう?」
そう言って、私に差し出す。
ビーズが花冠のように編まれていて、葉の形をした緑のビーズが小枝みたいに連なったチャームになっている。
「可愛い!」
私は歓声をあげてそれを受け取った。
「婆と一緒に本を見て作った。」
「泰継さんが?!」
「そうだ。」
「すごい!」
もう一度ブレスレットをよく見る。
売りものみたいに綺麗に編まれている。
私が感激して泰継さんを見上げると、泰継さんは甘く微笑んだ。
「そうか・・・恋人達はこの顔が見たいのだな・・・」
私は、そのブレスレットを手首に着けると、カバンからプレゼントを出した。
初めて編んだマフラー。
ところどころ編み目がばらついてるから、使ってもらえるか心配だけど。
「泰継さんが、こんなに器用だなんて知らなくて・・・編むの下手だから恥ずかしいですけど・・・」
そう言って差し出したら、泰継さんは、受け取りながらとっても貴重な満面の笑みを私に見せてくれた。
「いや・・・私は毛糸を編んだ事はない。ビーズも婆に見てもらいながら本の通りに作っただけだ・・・花梨、感謝する。」
泰継さんは、そう言うと、マフラーを抱きしめて立ち上がった。
「花梨、出よう。お前の作ったマフラーをして外を歩きたい。」
お店を出ると、私達は城址公園に向かって歩き出した。
泰継さんがマフラーを巻いて幸せそうな顔をする。
「あとは、キスをするのだったな。」
「は?!」
いきなり当たり前のように言われて、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「違うのか?・・・クリスマスには恋人とキスをするものではないのか?」
泰継さんが不安そうに私を見た。
違う、というのもおかしい気がするし・・・でも、そうだと言ったら・・・
私が困って絶句していると、泰継さんは真顔になって前を向く。
「それに・・・私は爺にひどく怒られたのだ。爺は、私が花梨を家に泊まらせたと知って怒った。」
・・・そりゃ、そうだよね・・・
「恋人同士が一緒に寝ても問題ないだろう、と言ったら、爺は、接吻が先だ、と言った。」
・・・待って・・・お爺さん・・・順番だけの問題じゃない気が・・・
「爺が、嫁入り前の花梨さんに恥をかかせてしまって申し訳ないと言っていた。すまない、花梨。」
城址公園に入ると、古い外灯の明かりが、おぼろげに砂利道を照らしていた。
私は暗い中で転ばないように気をつけながら、しょんぼりとする泰継さんを見上げた。
「あの、そんな、気にしないでください。」
「では、キスをすれば、また泊まりに来てくれるのか?」
「・・・ええっ?!」
「布団の中でお前を抱いた時の心地良さが忘れられない。」
私はその時の事を鮮明に思い出してしまった。
「・・・ふぇ・・・」
恥ずかしすぎて意味不明な声を出す事しかできない。
泰継さんは、ふと立ち止まると、私の頬に手をかけて、自分の方を向かせた。
「・・・キスも、心地良いのだろうか・・・」
動物になりそうだって言った時のうっとりとした声を出して、泰継さんが私を見た。
「花梨、良いか?」
私の返事も待たずに、綺麗な顔が伏目がちになって近づいてくる。
慌てて目を閉じると、泰継さんの唇が私の唇に優しく触れた。