in the timeに行くと、シャッターが半分ほど閉まっていた。
自動ドアの前に立ってみたけど、開かない。
中を覗くと、和仁さんが、リュックに何かを詰めているところだった。
コンコン、と自動ドアを叩くと、和仁さんが早足で来て、ガラスの隙間から手を入れて、自動ドアを開けてくれた。
「お店、どうしたんですか?」
私がお店の中に入って言うと、和仁さんは、自動ドアを手で閉めながら、そっけなく言った。
「明日のライブの準備があるので、今日は早めに店を閉める。」
「時朝さんは?」
「スタジオから機材を運び出して、車で先に行った。」
自動ドアを閉じた和仁さんは、言いながら、スタスタとカウンターの方へ戻っていってしまった。
私もついて歩く。
「じゃあ、もしかして、和仁さんも、これから市民会館に行くんですか?」
「そうだが?」
「何か手伝うことがあれば、一緒に行きます。」
和仁さんは、ふっと微笑んだ。
「お前に何ができる?」
「えっと・・・何もできないです。」
私が情けない顔をすると、和仁さんが吹き出した。
和仁さんは、ひとしきり笑ってから、リュックのポケットを漁ると、小さな箱を取り出した。
「お前にやろう。」
そう言って、カウンターの上に置く。
私が驚いてキョトンとしていると、和仁さんは、はにかんだ微笑を浮かべた。
「明日渡すつもりでいたのだが・・・」
そう。
今日、私達は、何も約束をしてなかった。
私が勝手に和仁さんにプレゼントを渡そうと思って来ちゃっただけなの。
「ありがとうございます!開けてみてもいいですか?」
「当たり前だ。」
カウンターの上で箱を開けると、四角いロゴプレートのついたブレスレットが出てきた。
「わっ、大人っぽい!」
途中からチェーンがバングルみたいに切り替わっていて、珍しい感じ。
「ステキ!」
私が手首に着けてかざすと、和仁さんは自嘲的な顔をした。
「そんな安物で、あまり喜ぶな。」
「ええっ?だって、このマーク、クレージュですよね?」
「そんなブランドは知らない。私が知っているような有名ブランドでなければ、意味がないのだ。」
「和仁さんが知ってるブランドって何ですか?」
「シャネル。ルイヴィトン。どちらも手が出なかった。」
「そりゃそうですよ!バイト代も貰ってないのに!」
私がそう言ったら、和仁さんは急に鋭い目つきで私を見た。
「・・・なぜそれを知っている?」
「あ・・・」
「時朝か・・・」
「ごめんなさい。」
「いや・・・お前には知られたくなかっただけだ。」
「あの、私が勝手に聞いただけで・・・時朝さんを怒らないでください。」
「分かっている。時朝も、お前も悪くない。」
和仁さんは、少しだけ疲れた顔でため息をついてから、顔を上げると、毅然として言った。
「同情で私に構うのなら、やめてくれ。」
「・・・!」
私は、雷に打たれたような気分になった。
確かに、その話を聞いたのがきっかけで、私は和仁さんに惹かれたような気がする。
それが同情だと言われたら、私は反論できない。
私が黙ったのを見て、和仁さんは、少し悲しそうに言った。
「今はクレージュとやらで精一杯だからな・・・何も言えない。だが、いつか、お前に同情されないような立場になったら、お前が誰かと結婚していようと、必ず奪いに行く。私はお前を・・・」
「待ってください!」
和仁さんが大切な一言を言う前に、私は、その言葉を遮った。
和仁さんが目を丸くして口をつぐむ。
「明日のライブを見てからにしてもらえませんか。」
私は、和仁さんの目をしっかりと見つめて言った。
和仁さんが息を飲む。
「和仁さんは、私の本当の歌を、まだ聞いた事がないんです。私の本当の歌を聞いたことがない人から、そんな風に言われるのは、私も嫌です。」
「本当の歌だと?」
「明日、聴いてみてください。」
和仁さんが先入観を持って聴いてしまうのが嫌だったので、私はそれ以上の説明をしなかった。
カバンを開けて、和仁さんにあげるつもりだったプレゼントを取り出す。
初めて編んだマフラー。
ところどころ編み目がばらついてるから、使ってもらえるか心配だけど。
「これは、私から和仁さんに。」
そう言って渡すと、和仁さんは、マフラーを広げて不思議そうな顔をした。
「なぜマフラーなのだ?」
「・・・まだ、マフラーしか作れないから・・・ごめんなさい。」
私の言葉を聞いて、和仁さんは、愕然とした。
「お前が、作ったのか・・・」
「もしかしたら、私の気持ちは同情なのかも知れないけど・・・でも、和仁さんのことを思って、一生懸命編んだのは確かです。だから、もし嫌じゃなかったら使ってください。」
和仁さんは、マフラーをじっと見つめて、静かに呟いた。
「金で買えない物、か・・・」
顔を上げて、真顔で私を見ると、続ける。
「花梨・・・お前の気持ち、受け取った。大切に使うことにする。」
「私もこのブレスレット、大切にします。値段が高いかどうかよりも、和仁さんがくれたって事が大事ですから。」
「・・・そうだな。」
和仁さんが自嘲的に微笑んだ。
私は、もう少し和仁さんと話してたかったけど、和仁さんの仕事の邪魔をしてはいけないと思ったので、帰る事にした。
「じゃあ、また明日・・・」
「お前の歌、楽しみにしている。ライブが終わったら、私の告白を受けに来い。」
和仁さんは、そう言って、店の外まで私を見送ってくれた。