打ち上げ



大量の酒を買い込んで、space‐timeのメンバーは高層マンションの一室に居た。
発端は、翡翠の下心丸出しの一言だった。
「姫君、私のマンションでもう少し飲まないかい?」
酔っ払った花梨を独り占めしようという魂胆だ。
「いいですね〜!」
花梨は元気よく返事をすると、他のメンバーを振り返る。
まずい、と翡翠が思った時には、すでに遅かった。
「皆さ〜ん、翡翠さんちで、もう少し飲みませんか〜?」
回想を終えて、翡翠がうなだれる。
その向かい側で、花梨が携帯電話を閉じた。
「皆さんが一緒なら〜、今日は泊まっていいと言われました〜!」
嬉しそうに両手でVサインを作る。
「優しいお母様ですね。」
泉水も嬉しそうに頷く。
「は〜い!たくさん飲んじゃいますよ〜!」
その言葉に、メンバー全員が色めきたった。
ライブ終了後、打ち上げ会場となった飲み屋で、花梨は勝真と翡翠に勧められるまま酒を飲んだ。
ビールや日本酒は苦いと言って嫌がったが、甘いカクテルは、ジュースみたいだと言って喜んだ。
そして。
酔っ払った花梨は可愛かった。
頬を染めてふにゃふにゃとした笑みを浮かべたまま、歌うように喋る花梨は、殺人的な可愛さだ。
その上、遠慮がちで真面目な枷が取れて、いつもならしないような行動も取る。
楽しいから帰りたくないの、などと電話で親にせがむ姿など、滅多に見られるものではない。
これ以上飲んだら、どうなるのだろうか。
メンバーの頭に様々な希望的観測が浮かぶ。
脱ぎ出すとか。
キス魔だったりとか。
抱いて、なーんてせがまれちゃったりとか。
そうしたら、あのサンタの衣装を着せて・・・
それは考えすぎだとしても、一晩中、可愛い花梨を見られるだけでもしめたものだ。
それに・・・泊まる、ということは、寝顔も拝める可能性が高い。
花梨は、ふにゃりと笑いながら翡翠の作った甘いカクテルを飲んでいる。
しかし、全員が牽制しあって花梨のそばに近づけない。
何度か接近を試みた者も居たが、他のメンバーの鋭い視線や実力行使に退散させられていた。
自然、花梨の隣は無害そうな泉水と、何を考えているのか分からない泰継になっている。
表面上は花梨を中心にして、穏やかに会話を楽しんでいるが、メンバーの中に、暗黙の了解が漂い始めていた。
すなわち・・・最後まで潰れずに残ったものの勝ち。


最初に変化を見せたのは泉水だった。
青い顔で苦しげに息を吐く。
「泉水さん、どうしたんですか〜?」
花梨がヘラヘラと笑いながら、泉水に声をかける。
「花梨さん・・・私はお酒に弱いようです・・・」
泉水が倒れそうになる。
「あはは大変〜!大丈夫ですか?」
何が可笑しいのか、花梨は爆笑しながら泉水を支えた。
柔らかい花梨の感触が伝わってきて、酔っ払った泉水の頭にさらに血が上る。
「もう駄目です・・・」
泉水はそう言いながら花梨に抱きついて、小さな胸に頬ずりをした。
全員が、しまった、という顔になって腰を上げる。
泉水は一番無害そうなので油断していたのだ。
「も、も、泉水さん・・・」
花梨が真っ赤になって慌てていると、泰継が泉水を引き剥がした。
「花梨、泉水は横になった方が良い。翡翠、ベッドを借りるぞ。」
「隣が寝室だよ。」
翡翠が迷惑そうな顔で奥のドアを指差す。
泰継は涼しい顔で泉水の上半身を持つと、ずるずると引きずった。
花梨が見かねて泉水の足を持って手伝う。
泉水はぐったりと目を閉じてされるがままになっていた。
二人で協力してベットの上に泉水を乗せると、泉水は目を閉じたまま苦しそうに呟く。
「・・・うう・・・頭が・・・ぐるぐる・・・しますぅ・・・」
二人が心配そうにベッドの上でそれを覗き込んでいると、そのまま泉水は寝息を立て始めた。
花梨がほっとしてベッドから降りようとすると、隣に居た泰継が突然花梨を抱きしめた。
押し倒されて、花梨は真っ赤になる。
「や、泰継さん?」
「花梨・・・一緒に寝る・・・」
そう言いながら、泰継も寝息を立て始めた。
泰継は覆い被さるようにして花梨に全体重を預けたままだ。
しばらくあたふたとしていた花梨だったが、何とか泰継の下から脱出し、二人に掛け布団をかけると元の部屋に戻る。
花梨が一人で戻ってきた事に気付いて、イサトがキョトンとした顔をした。
「泰継は?」
「眠っちゃったみたい・・・」
「あいつ、顔色変えねぇから、てっきり強いのかと思ったぜ。」
「ねえ、私も・・・びっくりしちゃった・・・」
花梨はドキドキしながらもとの場所に座ると、再び甘いカクテルを飲み始めた。
「はあ〜おいしい〜」
ふにゃりと笑う。
それを見た残り6人の間に、再び沈黙のゴングが鳴った。
白い肌を赤くした彰紋が、にこにこと花梨の隣に座ると、花梨の目の前にコップをかざす。
「花梨さぁん、ぼく、たぁのしぃですぅ〜!」
「わぁ、彰紋君、酔っ払ってるぅ。」
人の事は言えないのだが、花梨はふにゃふにゃになった彰紋の可愛い様子に相好を崩した。
「かりんさぁん!」
調子に乗った彰紋が、花梨に飛びつく。
「彰紋くんカワイイv」
花梨がぬいぐるみを可愛がるようにぎゅっと抱きしめた。
「ん〜・・・」
ますます調子に乗って花梨にキスをしようとしていた彰紋は、その肩をつかまれた。
イサトが憮然として見下ろす。
「彰紋、飲めよ。」
近くにあったビールサーバーを引き寄せると、彰紋が持っているコップに並々と注いだ。
キラリ、と瞳を光らせた彰紋が、それを受け取って一気に飲む。
ビールを飲み干した彰紋は、うふん、と笑ってイサトが持っているコップを奪うと、なみなみとビールを注いだ。
「イサトもぉ。」
イサトはそれを受け取ると、黙って一気に飲み干す。
「二人とも、高校生なのにすごいねぇ。やっぱり男の子だねえ。カッコイイv」
花梨が無邪気に言うと、イサトが自分のコップにもう一度ビールを注いだ。
横目で花梨を見ると、口を尖らせてボソボソと喋る。
「じゃあさ、多く飲んだ方に、キ、キスしてくれるか?」
「うん、いいよ〜。」
花梨は恥ずかしげもなく即答した。
それを聞いたイサトが一気にビールを飲み干す。
「わあ、すごいv」
今度は彰紋が自分のグラスにビールを注いで飲み干した。
「彰紋君も、やるうv」
花梨が無邪気に煽る。
酒を飲みながらそれを見ていた翡翠が呟いた。
「つぶしあいを始めたようだね。」
「若さというのは、時に浅はかですね。」
幸鷹がワイングラスを傾けながら涼しい顔をして見守る。
しばらくすると、彰紋が口を押さえながら立ち上がって、フラフラと部屋から出て行った。
「よっしゃあ!」
イサトがガッツポーズを作ってから、頬を染めてチラリと花梨を見る。
「・・・約束だからな。」
そう言って目を閉じた。
「うん!」
花梨がチュッとイサトの頬にキスをする。
イサトが目を見開いた。
「お前なあ、そうじゃなくて、口だよ口!」
「え?」
そこで初めて花梨が頬を染めた。
イサトもそれを見てかあっと赤くなったが、すぐに誤魔化すように目を閉じた。
「早くしろよ。」
照れ臭さから尊大な言い方になる。
花梨は頬を染めてその顔を見つめたまま動けなくなってしまった。
それを根気よく待つイサトの顔からだんだん血の気が引いていく。
花梨が意を決して顔を近づけようとしたと同時に、イサトはいきなり立ち上がった。
「くそぉっ!もうダメだ!」
言いながらイサトが走って部屋から出て行く。
花梨がキョトンとしてそれを見送っていると、翡翠が近寄ってきた。
「姫君、お酒のお代わりはいかがかな?」
花梨はえへらと笑って、両手を挙げる。
「はーい♪欲しいでぇす!」
翡翠はそれに微笑み返すと、キッチンでカクテルを作って、花梨に渡した。
「さあて、邪魔者は居なくなったし・・・」
そう言って、翡翠が花梨の横に座ると、幸鷹がわざとらしく首を傾げる。
「イサトさんと彰紋さんは、どうされたのでしょうか・・・」
「そうだぁ・・・二人とも、戻ってきませんねぇ?」
花梨がヘラリと笑って、立ち上がろうとする。
「姫君、私が見てくるから、待っていなさい。」
花梨に汚物など見せたくない。
翡翠はため息をつきながら立ち上がると、イサトたちが出て行った方へ歩いて行った。
洗面所から水音がしている。
翡翠が洗面所に入ると、イサトはトイレのドアの前で、彰紋は風呂場で浴槽に縋った状態で眠りこけていた。
イサトをドアの前からずらし、栓をしていない浴槽に向けて出しっぱなしになったお湯を止めてから、翡翠がひとりごちる。
「片付けてから眠ったのは偉かったね・・・一丁前に男としてのプライドかな。」
眠っている二人をそのままにして翡翠が戻ってくると、幸鷹が花梨の隣に座っていた。
「・・・花梨さんは運命を信じますか?私は、貴女と出会った運命に心から感謝して・・・」
何やら一生懸命に喋っている。
花梨は体重を預けるように幸鷹の肩にもたれていた。
あとの二人を見ると、黙ったままパカパカとグラスを空けている。
頼忠は体育会系だし、勝真は仲間と飲み歩いているらしい。
あの二人には勝てそうにない、と翡翠は勝負を諦めた。
幸鷹に目を向けると、まだ喋っている。
「・・・帰国した頃、ミトコンドリアが人を愛するというSF映画を見ましたが、私も今は同じ気持ちです。細胞の一つひとつが貴女を求めて止まない。まるでDNAが・・・」
立て板に水のごとく情熱的に語る幸鷹の隣で、花梨は黙って聞いている。
時々幸鷹の肩から落ちそうになったりと様子がおかしいので、翡翠が覗き込むと、花梨は目を閉じていた。
穏やかな幸鷹の声が切れ目なく続いている状態は、酔っ払った花梨にとって最高の子守唄でしかない。
幸鷹の肩にもたれていたのは、眠かったせいらしい。
それにも気付かずに、ワイングラスを弄びながら、幸鷹は幸せそうに喋り続ける。
最初に幸鷹が座っていた場所には、ワインの空き瓶が1本転がっていた。
顔色は変わっていないが、かなり酔っているのだ。
いつもは理性でセーブしている情熱と、気遣いでセーブしている議論好きが暴走している。
翡翠はくすくすと笑いながら幸鷹に近づくと、ポン、と肩を叩いた。
「幸鷹、もうやめるのだね。君の話がつまらなすぎて姫君は眠ってしまったよ。」
幸鷹は、そこで初めて、花梨が眠っているのに気付いて愕然とした。
「花梨さん・・・私の言葉は貴女の心に響かなかったのでしょうか・・・」
「さあ、姫君も眠った事だし、私達も、もう寝よう。」
そう言いながら翡翠は寝室へ行くと、クローゼットから毛布や布団を出してきた。
幸鷹がしょんぼりとしながら花梨を抱き上げてソファーに寝かせる。
翡翠は寝室のベッドの近くに布団を敷くと、イサトと彰紋を引きずってきて寝かせた。
彰紋は引きずられても起きなかったが、イサトは目を覚まして、なんだよ、まだ飲めるぜ、と呟いた。
翡翠がそれには答えずに布団の上に寝かせると、横にあった掛け布団をつかんで、お前柔らけぇな、などと言いながら抱きしめる。
しばらく掛け布団を相手に何ごとか囁いていたイサトだったが、再び寝入ってしまった。
「やれやれ、世話の焼ける・・・」
言いながら、翡翠が寝室のドアを閉めると、ずっと黙って飲んでいた残りの二人が翡翠を見つめた。
「君達と勝負をする気はないよ。」
翡翠は牽制するような視線を避けて背中を向け、ソファーに寝かせられた花梨に掛け布団をかける。
花梨の前髪を掌ですくったりして愛しそうに寝顔を眺め続けていた幸鷹も、立ち上がって毛布を取り出した。
近くのダッシュボードの上に眼鏡を置いて、その下に寝転がる。
翡翠も毛布を取り出すと、それにくるまって床に寝転がった。
「では、せいぜい頑張りたまえ。おやすみ。」
残った二人に向かってそう言うと、背を向けた。
それを見届けて、頼忠が鋭い視線を勝真に向ける。
「勝真、私達ももう寝るぞ。」
「何でだよ?」
「何?・・・花梨さんはもう眠っているのだぞ?」
「眠ってようがなかろうが、好きにするさ。」
「好きに?!」
頼忠が頬を赤らめた。
「何赤くなってんだよ。お前こそ、俺を寝かせて何かするつもりだったんじゃないのか?」
「何を言っている!私は花梨さんの安全を見届けてから眠るつもりだった。」
勝真が吹き出した。
「負ける気がしねぇ!男の原動力はエロだぞ、頼忠!・・・とにかく、俺はお前が潰れるまで飲むからな。」
そう言ってビールを飲み干す。
ふうっと息をつくと、おもむろに立ち上がった。
「便所。」
よろりと立ち上がって、フラフラとトイレに向かう様子に、頼忠はほくそえんだ。
・・・かなり足にきている。
そして、ソファですやすやと眠る花梨に目を移す。
可愛らしい寝顔に心臓を鷲づかみにされて、好きにする、という言葉が頼忠の頭の中をぐるぐると回り始める。
しかし、眠っている女性に手を出すなどという卑怯な事を、頼忠のモラルが許さない。
いや・・・手を出したいのは山々なのだが、起こさないように女性の服の脱がせるにはどうしたら良いのか分からない。
頼忠が花梨を見つめて考え込んでいる内に勝真が戻ってきた。
すっきりした顔で足取りも軽くなっている。
その様子に、頼忠は眉間にしわを寄せて低い声を出した。
「勝真!吐くのは反則だ。」
「そんなルールないだろ。」
頼忠が憮然とした顔で立ち上がる。
「お前、吐き方知ってるのか?」
「・・・知らない。」
短く答えて頼忠が出て行くと、勝真がニヤリと笑った。
「あいつはそういう飲み方しないだろうからな。初めて吐くのは時間がかかるぞ〜・・・」
そう言うと、花梨を見て舌なめずりをした。
頼忠は、トイレに入って用を足してから一度流して手を洗い、便器を見つめる。
大学時代に友人がやっているのを見たことがあるので、それを真似して喉に指を入れてみた。
ゲホ、と咳が出て、吐き気は起こらない。
頼忠はしばらく試してみたが、諦めて戻る事にした。
リビングに入ると、勝真がククク、と笑いながら、眠る花梨を触っていた。
「か〜つ〜ざ〜ね〜・・・」
頼忠が低い声を出しながら歩み寄る。
勝真がビクッと肩をすくませた。
「う・・・頼忠・・・早かったな。」
「吐けないので諦めた。それより、花梨さんに何を・・・」
そう言って、花梨に目を向けた頼忠が固まる。
ぐっすりと眠る花梨のカットソーとキャミソールがたくし上げられていた。
ピンク色をしたブラジャーの、フロントホックが外されている。
「お前は見るな。」
勝真が、サッとカットソーを元に戻した。
「・・・・・・」
黙る頼忠の全身からゴゴゴ・・・と地鳴りのような怒りが伝わってきて、勝真は横へ飛び退いた。
何度かヤバいケンカも経験してきた勝真だったが、これが殺気ってやつか、と青くなる。
「わ、悪かった・・・見たんだろ?・・・そんなに怒るなよ。」
その言葉に、頼忠ははっと我に返り、赤くなった。
様子の変化を感じ取った勝真が、必死で言い募る。
「可愛かったよなあ、ピンクのブラジャー・・・俺達の秘密にしようぜ。」
「・・・・・・」
頼忠が、真っ赤になると、黙って座った。
中坊じゃあるまいし、と勝真がため息をつく。
「酔いが醒めちまった・・・俺達もそろそろ寝ようぜ。この勝負はお預けだ。」
勝ったところで花梨に何かしようものなら翌朝頼忠に半殺しにされかねない。
勝真が、焼酎をストレートのままコップに注いで、頼忠に渡す。
自分のコップにも焼酎を注ぐと、ニヤリと笑ってコップを掲げた。
「ピンクのブラジャーに乾杯。」
二人はそれを飲み干すと、翡翠が用意した毛布にくるまって、思い思いに横になった。
酒が入っているので寝付くのも早い。
しばらくすると、二人分のいびきが聞こえてきた。
遠くで横になっていた翡翠がむくりと起き上がる。
全員が潰れるまで狸寝入りを決め込んでいたのだ。
「どれどれ、ピンクのブラジャーとやらを・・・」
そう呟きながらそっと花梨に歩み寄り、カットソーをたくし上げる。
勝真が外したままだったブラジャーがずれて、小ぶりの胸が露になった。
翡翠はギョッとしたが、すぐににっこりと微笑むと、花梨の寝顔を眺めて柔らかな頬を撫でる。
寝ている花梨をどうこうしようという気はない。
自分が施す愛撫に反応し、乱れていく様を見るのが楽しいのだ。
特に、花梨のような初心な娘は、正気の時に恥ずかしがるのを少しずつ乱れさせるのが、最も楽しい。
他のメンバーが聞いたらオヤジ趣味だと吐き捨てるようなことを真剣に思いながら、翡翠は手馴れた様子でそっとフロントホックをかけ、元に戻す。
「おやすみ、花梨・・・」
勝真が剥いでしまった布団をかけると、花梨の頬にキスをした。

※未成年の皆さんへ。「お酒は20歳になってから!」です。




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