お邪魔します
「大丈夫?かなり疲れているみたいね。」
帰りのホームルームが終わると、カバンを持った千歳が、机に突っ伏している花梨を覗き込んだ。
「ありがとう。昨日の夜、ちょっと遅かったの。」
花梨は起き上がって机の中のものをカバンに詰める。
「何かあったの?」
「ううん。この間言ったボーカル募集のバンドで歌のテストを受けてきただけ。」
「あなたが色んな事を頑張るのは応援するけど、もうすぐ体育祭もあるし、無理をしてはだめよ。」
「うん。ありがとう。今日は早く寝るよ。」
花梨が笑顔で言うと、千歳も微笑んだ。
花梨と千歳は、入学してすぐ、アイウエオ順に並べられた席が前後だったので仲良くなった。
花梨が歌を習っていると聞いて、肺活量が増えるから、と吹奏楽部に誘ったのも千歳だった。
今は一番の親友だ。
「昨日の夜って言えば、私も疲れる出来事があったわ。」
揃って教室を出ると、千歳が口を開く。
「お兄が酔っ払って帰って来て、『女子高生はいいなあ〜』とか言いながら抱きつこうとするのよ。」
千歳が心の底から気色悪そうに言うので、花梨が吹き出した。
笑い事じゃない、という顔をして千歳が続ける。
「おおかた合コンの相手が女子高生だったのよ。まったく合コンの何が楽しいのかしら。」
「いいなぁ、千歳は。面白そうなお兄さんが居て。私も欲しい。」
「なんですって?!あんなバカお兄でよろしければ、ノシつけて差し上げるわよ!」
本気なのだろう、鼻息を荒くしてぐっと宙を睨む千歳が可笑しくて、花梨はお腹を抱えて笑った。
千歳が呆れて花梨を見る。
「花梨、笑いすぎ。」
「ねえ、今度の中間テスト前、千歳の家に勉強しに言ってもいい?」
「いいけど・・・まさか。」
「うん。お兄さんを見てみたいの。」
「幻滅するのがオチよ・・・ま、親友の頼みなら仕方ないわね。土曜日ならだいたい居るから。夕方からはいつも出かけるけど。」
「ありがとう。あー楽しみ!」
「物好きねぇ。」
千歳はそう言うと下駄箱の前で立ち止まった。
花梨は千歳を残してスノコに下りる。
花梨が靴を履くのを待ってから、千歳が口を開いた。
「じゃあね。今日は歌のレッスンでしょ?」
「うん。うちのパートリーダーに伝えといてくれる?毎回ごめんね。」
「いいのよ。また明日ね。」
「バイバイ。」
花梨が手を振ると、千歳も手を振りながら、音楽室がある南館の渡り廊下へと歩いて行った。