オンナ



「こっちだ、花梨。」
花梨が経堂駅から出てきたのを見つけて、待っていた勝真が手招きをする。
「こんにちは、勝真さん。」
駆け寄ってきた花梨の頭を撫でると、勝真は歩き出しながら言った。
「こんな所まで呼び出してすまない。」
並んで歩き出した花梨が、電車の中でずっと思っていた疑問を口にする。
「いいえ。でも、どうして今日なんですか?」
「お前はいつも部活で忙しいだろ?金曜の夜に空いてるって言ったらテスト前しかないじゃないか。」
それを聞いた花梨が顔をしかめる。
「テスト前は空いてるとは言いません・・・」
「う・・・そう、か?」
「もう・・・勝真さん、そんなんでよく大学に入れましたね。」
「男ってのは、ヤると決めたら寝ないでヤり続けたりできるもんなんだ。」
勝真が前を見たまま淫らな笑みを浮かべて言う。
花梨は勝真の意図に気付いてかあっと頬を染めたが、敢えて言葉の意味に気付かない振りをすることにした。
「・・・だ、だって、一条大って、そんなに簡単な大学じゃないですよね?」
「頭の出来が違うんだよ。」
勝真がニヤリとして花梨を見た。
不敵な態度の格好良さに見とれかけた花梨が、はっと気付いて照れ隠しの憎まれ口を叩く。
「・・・成績落ちたら勝真さんのせいですからね。」
勝真はそれを見て笑みを深くする。
「それはまずいな。じゃあ・・・」
そう言うと、花梨の肩を抱き寄せて囁いた。
「・・・今夜は朝まで教えてやろうか。」
花梨がみるみる赤くなって勝真の手を振り払う。
「な、何の話ですか!」
勝真はククク、と笑うと、わざとらしく言った。
「勉強に決まってるだろ。あれ?もしかして、なんかヘンな事考えたのか?意外とエロいな、お前。」
花梨は耳まで真っ赤になると、勝真の胸をポカポカと叩いて泣きそうな声を出す。
「勝真さんがヘンな雰囲気出したもん!」
勝真は嬉しそうに花梨を抱きしめたが、ふと、聞き覚えのある声が耳に入って顔を上げた。
「おい、平が往来でオンナとイチャついてるぞ。」
「へえ〜、珍しいじゃん!皆に写メしなくちゃ。」
「今やってるよん。」
カシャ、と無機質なシャッター音が響く。
「あっ、コラ!」
勝真が花梨を置いて、携帯電話をかざしている青年に走り寄る。
青年が逃げながら携帯を操作し、勝真は、あと二人の青年に捕まえられてもがいた。
「おい吉田!やめろって!」
ほどなく、勝真の携帯が鳴って、勝真が大人しくなる。
「お前ら、覚えてろよ・・・」
言いながら勝真が携帯を開いて、操作してから情けない顔をした。
「・・・弓道部の奴にまで送ることないだろ。」
「明日には弓道部全員に転送されてますから、残念!」
吉田と呼ばれた青年が、ギターを弾く真似をして言った。
ため息をつきながら勝真が携帯を閉じ、目を丸くしている花梨の方へ歩き出す。
「花梨、今日お前を呼び出したのは、こいつらが会いたいって言ったからなんだ。」
花梨がキョトンとしたまま会釈するのを見て、三人の青年がひそひそと囁きあった。
「ロリータ系ってやつか?」
「高1って言うから、何かこう妖艶な感じのコギャルを想像してたんだけど・・・」
「可愛いよね・・・」
あとの二人が可愛いと言った吉田を横目でチラリと見ると、そのまま黙って歩き出す。
「えっ、そのリアクションのままスルーってどゆこと?」
構わず二人は、花梨を促して歩き出した勝真の後ろについて歩く。
置いていかれた形になった吉田も、口を尖らせながらその後ろを歩き出した。
花梨が勝真に問いかけている。
「これから皆で大学に行くんですか?」
「いや、ここから大学まで歩くのは遠い。今日は、焼きそば入れ放題の美味いお好み焼き屋に連れてってやるよ。」
「わあっ、やったあ!お好み焼きなんて久しぶりです!」
花梨が飛び上がらんばかりに喜ぶのを見て、後ろの二人は暗い顔で囁きあった。
「無邪気だ・・・」
「うん、無邪気だ・・・」
勝真が顔をしかめて振り向いた。
「お前らコソコソうるさいぞ。花梨に文句があるなら俺達は帰る。」
二人がわざとらしく勝真に聞こえるように囁きあう。
「・・・平がオンナの事で怒ってるぞ・・・」
「・・・熱でもあるんじゃないの?」
揶揄も含んだその声に、勝真は憮然としたまま背を向けて歩き出す。
一緒に歩き出した花梨が、不安そうな目で青年達と勝真を見比べる。
二人は慌てて作り笑いを浮かべると、前を歩く勝真に気づかれないように再び囁きあった。
「・・・あのいたいけな瞳を見ろよ?・・・」
「・・・平がしょっぱい・・・」

注文を済ませると、勝真が花梨に向かって言った。
「コイツが真壁、コイツが石川、で、コイツが吉田。」
「よろしく。」
「どーも。」
「ヨッシーって呼んでね。」
勝真も含む他の三人が横目でチラリと吉田を見る。
花梨はそれに気付かずに、勢いよくぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします。高倉花梨です。」
花梨の言葉を聞きながら、真壁がおしぼりの袋を叩いて開ける。
パンッと大きい音がして、花梨が飛び上がった。
真壁が慌てて作り笑いを浮かべる。
「ご、ごめんね。」
「い、いえ・・・」
花梨も慌てて首を振った。
「花梨ちゃんを脅かすなよ・・・ねえ?」
吉田がヘラヘラと花梨に笑いかけると、花梨が相好を崩す。
「いえ・・・ありがとうございます、ヨッシーさん。」
可愛らしい笑顔を向けられて、吉田がデレッとした。
「可愛い〜。」
「え・・・」
花梨が頬を染める。
それを見て真壁と石川が信じられないという顔をした。
吉田はますますデレッとする。
「ウブな反応も萌え〜。」
勝真が片手で花梨の頭をつかんで、ぐりん、と顔を壁に向けさせると、憮然とした顔で言った。
「あんまり見るな。」
三人が愕然としてから、慌てて身を乗り出す。
「ナニソレ?」
「マジで言ってんの?」
「お前、ホントに平か?」
勝真は、うっと怯むと、花梨の頭から手を離して、自分の頭をガシガシと掻いた。
「マジだよ・・・これで分かっただろ?」
三人が絶句する。
静かになったテーブルに、ビールのジョッキが4つとウーロン茶のコップが1つ運ばれてきた。
それぞれが飲み物を手に持つと、吉田がニヤニヤしながら言った。
「平の合コン卒業を祝して、乾杯〜!」
花梨が目を丸くして勝真を見る。
千歳に聞いた話では、勝真は、三度の食事より合コンが好きだったはずだ。
前から彼女が居たのだから、今さら合コン卒業を祝われているのもおかしい。
吉田が花梨のコップにジョッキをぶつけてきたので、花梨は笑顔でそれに応えてからウーロン茶を一口飲んだ。
勝真を見上げると、ビールのジョッキを煽ってゴクゴクと飲んでいる。
半分ほど一気に飲んだ勝真が、ダン、とジョッキをテーブルに置いて、気持ち良さそうに息をつく。
あとの三人も、同じようにジョッキを置いて、サイコー、とか、ウマイッ、とか呟いた。
一息ついた石川が、勝真と花梨を見比べて、遠慮がちに切り出す。
「あのさあ・・・まだヤッてないとか言わないよね?」
「バーカ。さっきのウブな反応見りゃ処女だって分かるだろ?」
真壁が石川の頭を後ろからはたいて、向かいの花梨に目を向ける。
「ほら見ろ・・・」
花梨が頬を染めて俯いている。
「だって、信じらんないじゃん?」
石川が鼻のピアスをいじりながら言う。
「プラトニックラブってカンジなんじゃないの?」
吉田がニコニコしながら勝真を見た。
「・・・そんなつもりはない。」
勝真が言いながら再びジョッキを煽る。
「平にそんなの有り得ねえよ。」
真壁もそう言ってジョッキを煽った。
「そうかなあ?俺なら花梨ちゃんとプラトニックラブできるよ。」
「吉田は2次元のオンナで抜いてれば満足だもんな。」
「あ、そんな言い方はないんじゃないの?妹萌えは永遠に不滅ですよ?平にも、妹萌え属性あるってことが判明したわけだし。」
「お前と一緒にするな。俺は妹とヤりたいと思った事なんかない。」
「でも・・・花梨ちゃんて、高1なんでしょ?」
「は、はい。」
「平の妹も高1じゃなかった?」
「それとこれとは関係ない。」
「ふうん?・・・じゃあ、どこがいいワケ?」
ずっと黙って聞いていた石川が頷く。
「俺もそう思った。だってさ・・・平が一週間以上ヤらせないオンナと付き合ったことあった?」
「ない。」
「ないね。」
不安そうな花梨も含め、4人がじっと勝真を見る。
勝真は黙って手元のジョッキを見つめていたが、急に後ろを向いて叫んだ。
「オバチャン!中ジョッキもう4つ!」
「アレ?いま誤魔化したっぽくね?!」
「ねえ、どこがいいワケ?」
「うるさい。コイツの前で言えるか、そんなこと。」
勝真が眉根にしわを寄せて、ビールを飲み干した。

「今日はコイツ送ってく。行けないって伝えといてくれ。」
「分かった。じゃあな。」
真壁を残して、勝真と花梨は乗り換えるために電車から降りた。
花梨が気遣わしげに勝真を見上げる。
「何か用があるなら、私、一人で帰りますよ?」
「そういう訳にもいかない。」
「でも・・・大事な用じゃないんですか?」
「いや、ただのボランティアだから、強制じゃないんだ。」
電車のドアが閉まり、花梨が真壁に手を振った。
何を思ったのか、真壁が苦笑しながら手を振り返す。
電車が行ってしまうと、花梨は歩き出しながら勝真を見上げた。
「何のボランティアしてるんですか?」
「お前、ガーディアン・エンジェルスって知ってるか?」
「いえ・・・」
「繁華街を見回って犯罪を防ぐボランティア集団だよ。」
「へえ・・・」
「俺と真壁が入ってるのは、その真似してるグループ。ガーディアン・エンジェルスには新宿支部がないから、新宿を中心に見回ってる。」
「すごい!カッコイイですね。」
「いや、けっこういい加減なんだよ。ガーディアン・エンジェルスは、活動中の飲酒厳禁とか、けっこう厳しいからな・・・そういうの守れないやつらが、勝手に集まってやってるだけでさ。」
「でも、犯罪を防ごうとしてるんですよね?」
「まあ、それは、そうだけどな。」
「じゃあ、カッコイイです。」
「そうか?」
「はい。正義の味方です。」
「お前は、そういう男が好きか?」
「はい!」
「・・・よし、決めた。」
「へ?」
花梨が目を丸くすると、勝真は自嘲的な顔で言った。
「迷ってたんだ。これからのこと。」
花梨は目を丸くしたまま、黙って勝真の話を促す。
「大学決める時にさ、将来どうするかなんて考え付かなくて、頼忠に相談したんだ。そしたら、あいつ、俺に教師になれって言ったんだぜ。」
「ええっ?」
花梨が驚きの声を上げる。
「驚くよな、普通。頼忠が言うには、不良だった経験を持ってる奴の方が、不良の気持ちが分かるから、教師に向いてるんだってさ。ホントあいつって、考えが一点に集中しすぎなんだよ。でもさ、一理あると思って、不良時代の事考えて、気付いたんだよ。警察のオッチャン達にけっこう世話になったなって。」
花梨が頷いた。
「頼忠の理論でいけば、不良の気持ちが分かる警察のオッチャンでもいいんじゃないか、と思ってさ、警察官になるヤツが多い大学探して入ったんだよ。」
「へえ・・・」
「だけど、けっこう真面目に勉強しないと適性試験受からないって分かったら面倒になっちまってさ。1年の後期にはもう、適当に就職先探せばいいか、なんて思ってた。」
電車がホームに滑り込んできた。
「そうだったんですか・・・」
花梨が逆巻く髪を押さえながら勝真を見上げる。
勝真はその仕草を、可愛い、と思いながら続けた。
「でもさ、お前と付き合い始めてから、お前を幸せにするなら、警察官みたいに倒産のない職業の方がいいだろうな、とも思い始めたんだ。」
花梨が頬を染める。
その言葉は、勝真が花梨を生涯の伴侶として考えてくれている、という事だ。
電車の扉が開いて、混雑した車内に身を寄せ合って乗り込む。
「だから、お前の言葉で決心がついた。警察官の採用試験、受ける事にする。」
「あの、私、すごく軽い気持ちで・・・」
花梨が心配そうに勝真を見上げる。
「いや、お前のせいにするのは良くないな・・・もう、決心はついてたんだ・・・夢を追い続けるお前の隣に居ても、恥ずかしくない男になりたいって。だから、合コン行くのもやめたんだし。」
花梨が急に暗い顔をした。
「私、勝真さんに、そんな風に思ってもらえるようなオンナじゃないです・・・」
勝真が眉根にしわを寄せる。
「俺達の言葉を真似しなくていい。」
「だって・・・みんな、こんなオンナのどこがいいんだって呆れてました・・・勝真さん、恥ずかしかったでしょ?」
勝真がため息混じりに言った。
「すまない。嫌な思いをさせて・・・」
花梨が首を振る。
「私よりも、勝真さんの方が、なんか色々言われて・・・」
「いや・・・俺の場合は自業自得だ。あいつらの口が悪いのは今日始まったことじゃないし、今までの俺の行動見てれば、あんな風にも言いたくなるだろ・・・それより、こうなる事が分かっててお前をあいつらに会わせた俺が悪かった。」
「分かってたんですか?」
「ああ。分かってた。お前の良さは、一度会ったくらいじゃ分からない。お前の歌を聴いて、お前と多くの時間を過ごさなければ、分からないんだよ。だから、あいつらにお前の良さが分かるとは思えないし、分かってもらおうとも思わない。」
「じゃあ、どうして・・・」
「あいつら、俺がもう合コン行かないって言ったら、俺にそこまで言わせるオンナに会いたいってうるさくてさ・・・他の奴らも、金がないだけだろ、とか言って信じないんだよ・・・だから、お前を見せつければ合コンの誘いもなくなると思って、つい・・・すまない・・・」
「そうだったんですか・・・」
花梨が少し嬉しそうな顔をすると、勝真も安心したように微笑んだ。
「そういう意味では、今日の写メールも結果的に良かったかもな・・・他の奴らにお前を会わせる手間が省けた。」
「あ!写メール!転送してください!」
「はあ?」
「記念に欲しいです・・・」
花梨が頬を染めた。
「何の記念だよ・・・」
勝真が呆れた声を出しながら携帯を取り出す。
「えっと・・・勝真さんの、合コン卒業記念。」
「お前なあ・・・あいつらに影響されすぎだぞ。」
「だって、嬉しいんです。私のために合コンやめてくれて・・・」
花梨が恥ずかしそうに上目遣いで勝真を見上げた。
「・・・・・・」
勝真はその顔をしばらく見つめてから、少し怒ったような顔で携帯を操作する。
すぐに、花梨の携帯にメール着信があった。
花梨が嬉しそうにメールを見て、固まった。
『熱愛発覚!平勝真(20)が公衆の面前で新恋人とイチャイチャ』
下世話な写真週刊誌を真似た文の下に、勝真が花梨を抱きしめたまま間抜けな顔でこちらを見ている画像がある。
花梨が固まったのは、それらを見てではない。
件名が『その顔そそるやらせろ』だったのだ。
花梨が顔を赤くして勝真を見上げると、勝真がニヤニヤと笑っていた。
「・・・もうっ!勝真さんのエッチ!」
花梨の大きい声に、混雑している車内の乗客が一斉に勝真を見る。
「だからお前はどうしてそこでデカイ声を出すんだ・・・」
勝真が右手で顔を覆って情けない声を出した。




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