粉ふき芋
「お会いしたかったです。」
車が走り出した途端に、頼忠が口を開いた。
「ええっ?!」
頼忠がそんな事を口に出したという事実に驚いて、花梨が飛び上がる。
その反応に、頼忠は頬を染めると、慌てて打ち消した。
「いえ・・・その・・・お弁当のお礼を言いたかったのです。」
花梨が納得したように前を向いた。
なぁんだ、と残念な思いが浮かび上がるのを押さえこむ。
頼忠の口から初めて口説き文句らしきものを聞いた花梨は、驚いたと同時にとても嬉しかったのだが、どうやら誤解だったようだ。
頼忠は、ほっとしながらも、苦い思いにとらわれていた。
確かに弁当の礼がしたいとは思っていた。
しかし、最初の言葉は、それとは関係なく、心からこぼれるように出てしまった。
花梨はテスト中だと言って、2回練習を休んだ。
頼忠にとっては、初めての口付けのあと、心づくしの手料理を食べ、花梨への思いが爆発的に高まった直後の2回だった。
一週間と3日。
会えなかった日を指折り数えてしまうくらい、頼忠は花梨に会いたかった。
夜、部屋で缶ビールを飲みながら、何度、携帯電話を見つめたことか。
サイドミラーを見る振りをして、チラリと花梨を盗み見る。
会えなかったせいで、自分はおかしくなってしまったのだろうか、と頼忠は首を傾げた。
今日の花梨はとても可愛く見える。
コンサートに行ったとかで、急いで着替えてから練習に来たと言っていた。
いつもと変わらない格好のはずなのだが、何かが違う。
特に・・・いつもの数倍柔らかそうに見える唇に触れたくてたまらない。
会えない間に、頼忠の中には、花梨に触れたいという思いも、急速に膨れ上がってしまっていた。
しかし、女子高生に欲情する事が、どうしても犯罪に思える頼忠は、その感情を押し殺して眠りにつく。
その結果。
・・・この年になって夢精とは・・・
頼忠は情けなくなって大きくため息をついた。
「あの・・・お弁当、美味しくなかったですか?」
花梨が不安そうに頼忠を覗き込む。
お弁当の話題になった後に暗い顔でため息をつけば、そう思うに違いない。
頼忠は慌てて首を振る。
「いえ・・・す、すみません、別の事を考えていました。」
「よかった・・・」
花梨がほっと息をついた。
頼忠は甘く微笑んで口を開く。
「花梨さんのプレゼント、とても美味しく頂きました。手料理を食べるのは、本当に久しぶりでしたから、とても嬉しかったですよ。特に、あの、粉ふき芋・・・」
「・・・ポテトサラダです・・・」
「も、申し訳ありません・・・あの、味付けが丁度良かったですよ。それとハンバーグも・・・」
「・・・ミートボールです・・・」
「・・・か、形はともかく、懐かしい味がして、感激しました。」
花梨がしょんぼりとうなだれる。
頼忠は背中を冷や汗が伝うのを感じた。
「お料理、練習します・・・」
花梨が申し訳なさそうに言うのを聞いて、頼忠は真面目な顔になって口を開く。
「花梨さん・・・これは恥ずかしいので言わないつもりだったのですが・・・私はあのお弁当を食べて、不覚にも涙しました。」
花梨が驚いて顔を上げる。
「確かに売っているような整然としたお弁当ではなかったかも知れません。しかし、だからこそ、一生懸命作ってくださった貴女の姿が目に浮かびました。少々不揃いなミートボールが、かえって貴女の心の温もりを感じさせたのです。」
頼忠がハンドルを切りながら微笑んで続ける。
「それに、見てくれはともかく、味付けはお世辞なしで美味しかったです。実際、私の夕飯の現状はつまみとビールだけですから、今すぐに夕飯を作りに来ていただいても良いぐらいですよ。」
花梨が目を丸くする。
「えっ?ご飯食べないんですか?!そんなんじゃ身体壊しちゃいますよ!私だって、今すぐにでも頼忠さんの食事、作ってあげたいです。でも・・・頼忠さん、怒るんだもん。」
先日のことを思い出したのか、花梨が頬を染める。
頼忠も耳まで真っ赤になった。
「・・・すみません。貴女がもう少し大人になるまでは・・・」
「どうせ子供ですよ!」
花梨がぷっと膨れる。
・・・そういう意味で言ったのではないのだが・・・
頼忠は何と言ったら良いか分からず、困り果ててしまった。