変りおにぎり
頼忠の車が平安団地を通り抜けると、窓の外を見ていた花梨が思い出したように言った。
「頼忠さん、ごめんなさい。私、親友に怒られちゃいました。」
「は・・・何をですか?」
頼忠が前方を見ながらキョトンとする。
「普通のおにぎり作りなさいって。」
「・・・・・・」
一昨日のデートの際、花梨は張り切ってお弁当を作ってきてくれた。
頂上に着いて開けてみると、不思議なものがたくさん入っていたのだ。
まずはおにぎりを食べてみた。
握り慣れないのか歪んだそれには、天かすが麺ツユを吸ってふやけたものや、ピザソースとチーズが混ざったものが入っていた。
それだけではない。
牛肉のゴボウ巻きかと思ったらおにぎりだったり、コロッケかと思ったらやっぱりおにぎりだったりした。
先日、お弁当の話題で花梨を傷つけてしまったので、頼忠は、これは何かと訊かずに食べ続けた。
一口目を食べる際に非常に勇気が要る代物ばかりだった。
「・・・確かに珍しいものばかりでしたが、とても美味しかったですよ。」
「本当ですか?!」
花梨が声を浮き立たせる。
それは本当だ。
花梨の料理は、どういう訳か見た目に似合わず味がいい。
頼忠は、今後のために普通のおにぎりが食べたいと言っておこうか考えたが、花梨が嬉しそうにしているのでやめた。
「・・・はい。」
「良かった!せっかく初デートなのに、普通のおにぎりじゃつまらないかなあ、と思って・・・お弁当の本を見たら、変りおにぎりっていうのがあったから、5時起きして作ったんです。」
「そうでしたか・・・」
頼忠は、心から、普通のおにぎりが食べたいなどと言わなくて良かった、と思った。
自分の我儘さには呆れる。
花梨の気持ちも考えずに、自分の欲望を押し付けてばかりだ。
この間のキスもそうだ。
花梨は心臓が持たないと言っていた。
しかし、頼忠は、唇の甘さやその瞬間の高揚感が忘れられず、また口付けたいとずっと思っている。
ただ、一昨日のような深刻な欲望はなかった。
・・・やはり、我慢が良くなかったのだろう。
一昨日の夜、デートから帰ってきた頼忠は、初めて花梨に対する性欲を開放した。
我慢すればするほど、危険な衝動に囚われてしまうことに気付いたからだ。
例え空想でも、無垢な高校生を汚す行為に躊躇したが、花梨を壊してしまうよりは良いと考えた。
そのお陰で、今こうして花梨と二人きりになっても、落ち着いて話ができる。
多分、今夜も、空想の中で花梨をさんざん陵辱するのだ。
しかも、制服姿の花梨ばかりを思い描いてしまう自分には辟易する。
そして、その罪の意識が更なる興奮を呼び起こしてしまう。
・・・変態だ。
こんな自分の本性を知ったら、花梨はどう思うだろうか。
軽蔑するに決まっている。
・・・二度と会ってはもらえまい。
男性の欲望自体がそういった性質を持っているのだが、頼忠は自分をロリコンの変態と決め付けていた。
平安神社の交差点を曲がると、花梨がガサゴソとカバンの中を探りはじめた。
頼忠に貸してもらっていたDVDを取り出して、ジャケットを見ながら喋り出す。
「フュージョンバンドのライブ映像、すごく参考になりました。」
「そうですか?」
花梨の家の前に着き、頼忠がゆっくりと車を停めながら答える。
「歌手のコンサートみたいに、あちこち動き回ったりはしないけど、ちゃんとお客さんとコミュニケーションしてますよね。」
「はい。」
微笑んで頷きながら、頼忠はサイドブレーキを引いた。
「私達も、そんな風にやれたらいいなって思いました。」
花梨に無邪気な笑顔を向けられて、頼忠は甘い気持ちになった。
「・・・そうですね。」
「そうだ!頼忠さん、スティック回してくださいよ!」
「え・・・それは・・・」
頼忠が戸惑った顔をする。
「何でですか?恥ずかしがることないじゃないですか。」
「・・・ですが・・・私は不器用ですので・・・」
「幸鷹さんがボールペン回すの上手いから、教わるとかどうですか?」
「・・・しかし・・・」
頼忠が目をそらして黙り込む。
花梨の気持ちには応えたいが、柄ではない。
勝真やイサトが爆笑するのが目に浮かぶ。
そんな事を考えていたら、急に花梨が吹き出した。
「頼忠さん・・・そんなに困らないで下さい・・・」
笑いながら、頼忠にDVDを渡して続ける。
「そういう事ができない頼忠さんも好きですから。」
DVDを受け取ってダッシュボードに置いていた頼忠が、微かに息を飲んで花梨を見る。
花梨は、はっとすると、頬を染めて目をそらした。
車の中に静寂が降りる。
花梨が気まずそうに身じろぎをして、口を開いた。
「・・・あの・・・じゃあ、帰りますね。」
車から降りようとシートベルトを外す。
頼忠は思わずその手首をつかんでいた。
驚きに目を見開いた花梨に見上げられて、慌てて手を離す。
固まってしまった二人とは関係なく、シートベルトがするりと収納された。
頼忠は、花梨と見つめあいながら、何をしようとしたのだ、と自問する。
・・・違う。
何かしようとして引き止めたのではない。
ただ純粋に、もう少しだけここに居て欲しい、と思った。
それだけだ。
門灯から差し込む明かりで、花梨の頬が染まっていくのが見える。
頼忠は誘われるように手を伸ばしてその頬に触れた。
花梨がピク、と身体を震わせてから、瞳を閉じる。
頼忠は驚いて手を離した。
キスを強請ったつもりはないのだ。
しかし、花梨はそのまま震えて待っていた。
頼忠は運転席から身を乗り出すと、助手席のシートに手をかけて、花梨に口付けた。
この前よりも少しだけ長く唇の感触を味わってから離れると、花梨がうっとりとした顔で瞳を開いた。
頼忠と目が合うと、はにかんだ微笑を浮かべてから、背を向けてドアを開ける。
「・・・おやすみなさい。」
背中を向けたまま小さな声で言うと、そそくさとドアを閉め、玄関まで走って行ってしまった。
その後姿を見送りながら、頼忠は、花梨がキスを嫌がっていないことを確信した。
ロリコンの変態にも、キスぐらいなら許されるだろうか。
頼忠は、別れ際のキスを習慣にしよう、と心に誓った。