4人目
「「4人目ぇ?!」」
勝真と千歳が同時に声を上げる。
花梨がてへへ、と照れ笑いをして、千歳が持ってきたケーキにフォークを入れた。
お腹はまだ膨らんでいないようだが、さっきから菓子や果物を食べ続けているのを見ると、妊娠しているのは確からしい。
「どうしても女の子が欲しいって言うから・・・」
花梨はそう言ってケーキを一口頬張ると、隣に座る寡黙な夫を見上げる。
テーブルを挟んで座っている勝真と千歳が、眉根にしわを寄せて頼忠を見た。
頼忠は三男を膝の上に乗せ、慣れた手つきでケーキのスポンジに挟まっていた桃を食べさせている。
三人の視線に気付くと、顔を上げ、さも当然のように言った。
「花梨さんに似て可愛いらしいだろうと思います。」
勝真と千歳が同時に呆れた顔をする。
「コイツだってけっこう花梨に似てるじゃないか。女じゃないとダメなのか?」
勝真が自分の膝に大人しく乗っている次男を覗き込むと、ケーキの上に載っていたウエハースをしゃぶりながら剣呑な瞳で見つめてきた。
花梨に睨まれているような気分になり、うっと怯む。
「・・・これで愛想が良ければもっと可愛いんだろうけどな。」
ため息混じりに言うと、千歳の膝の上で小型ゲーム機をいじっていた長男が、勝真の肩をトントンと叩いて、人なつこい笑みを浮かべた。
最近ますます頼忠に似てきた長男に満面の笑みを向けられるのは、どうもうすら寒い。
「お前は愛想良すぎてキモイ。」
勝真がうんざりした顔をする。
「千歳ぇ〜、勝真がいぢめるぅ。」
長男が甘えた声を出して千歳の胸に頬擦りをした。
「な・・・」
千歳が固まる。
「こんの、エロガキ!」
勝真は次男を抱えたまま長男の首根っこをつかんで千歳から引き剥がし、ぺいっと捨てた。
千歳の膝の上から床に転がり落ちた長男は、軽い身のこなしで受身を取って立ち上がると、フッと挑戦的に笑う。
その表情は拳で語り合っていた頃の頼忠にそっくりだった。
「・・・の野郎・・・」
立ち上がろうとした勝真は、剣呑な瞳で自分を見つめ続ける次男に気付いた。
ぎこちなく作り笑いを向けてから椅子の上に置いて、ドタバタと逃げる長男を追いかけ始める。
そんな二人を見送ってから、花梨があっけらかんと言った。
「ごめんね千歳〜。ヘンなところが頼忠さんに似ちゃって・・・」
3人も男の子を産んで育てているのだから、大抵のことには驚かない。
「私は貴女以外の女性に触れたいとは思いませんが。」
頼忠が三男に前髪を引っ張られながら抗議した。
千歳がこっそりため息をつく。
先日、エッセイを連載しているビジネス雑誌に頼忠のインタビュー記事が載っていた。
目の前で口説き文句としか思えない言葉を天然で発しているのが『いま、シオン営業本部長に一番近い36歳』かと思うと、ため息も出るというものだ。
いや・・・その天然口説き状態こそが、頼忠の営業手腕なのかも知れない。
そんな頼忠に慣れきった花梨が椅子から立ち上がり、おもちゃ箱を引っ張り出しながら落ち着いた声を出す。
「そういう問題じゃないんです。」
戻ってきた花梨は再び椅子に座り、カラコロと音の鳴るおもちゃを三男に渡した。
「ほら伊頼、パパがイタイイタイだよ。」
三男はつかんでいた髪の毛から手を離すと、タイ、タイ、などと片言を言いながらおもちゃを握る。
頼忠は花梨の言葉に納得できないらしく、前髪をかき上げながら何か言おうとしたが、ギャーという長男の叫び声がしたので憮然としてそちらの方を向いた。
「強制ワイセツの現行犯で逮捕する!」
勝真が、暴れる長男をうつぶせに組み敷いていた。
なおも抵抗しようとする長男が、プラスチックでできたおもちゃの竹刀を振り回す。
勝真はそれを取り上げて後ろ手にし、ケーキの箱を包装していたリボンで手首を縛ってしまった。
頼忠に勝ったような気がして嬉しいのか、勝真はニヤニヤしている。
決着がついたのを見計らって、頼忠が口を開いた。
「勝真、頼太、その辺にしておけ。そのうち未頼を蹴るぞ。」
いつの間にか椅子を降りた次男が二人の周りでウロウロしていた。
「おっ、なんだ?お前もタイホされたいのか?」
長男を縛り終えた勝真が立ち上がって次男を見下ろすと、次男はじたばたと勝真に登ろうとする。
「・・・?」
後ろ手に縛られたまま起き上がった長男と、勝真は顔を見合わせた。
首を傾げながら次男を抱き上げると、次男は黙ってひし、と勝真に抱きつく。
花梨のミニチュアに真摯に抱きつかれて、勝真の心に甘い痺れが広がった。
・・・可愛い。
「・・・そうか・・・女の子か・・・いいな・・・」
次男の頭を撫でながらうっとりと呟いた勝真に、その場に居る全員が注目する。
「いきなりどうしちゃったんですか?」
「早く結婚すればいいじゃない。また交通課の婦警さんと合コンしたんでしょ。」
花梨と千歳がキョトンとして言った。
頼忠だけが勝真の意図を理解して、低い声を出す。
「勝真・・・お前には触らせない。」
それを聞いた長男が、ジャンプして勝真の背中に頭突きを食らわせながら叫んだ。
「触ったらワイシャツのベントウさんでタイホするぞ!」
「イテ!何言ってんだお前?」
「勝真が言ったんだぞ!女に触ったらワイシャツのベントウさんでタイホだろ!」
「もしかして、ワイセツの現行犯の事か?バカだな〜お前。『弁当さん』て誰だよ?」
勝真が笑いながら長男の頭をかき回す。
後ろ手に縛られている長男は、しばらくされるままになって考え込んでいたが、急に顔を上げて言った。
「1年生になったら習う!」
勝真が弾かれたように爆笑する。
勝真に抱きついていた次男が何を思ったのか突然勝真の肩によじ登り始めた。
笑われた事に怒った長男が、いきなりジャンプして隙だらけのお腹に頭突きを食らわせる。
「イッテー!・・・お前知ってるか?第二東小にはな、来年から赤羽イサトっていうコワーイ先生が新しく来るんだぞ。お前みたいなヤンチャ坊主は、入学したらすぐにお仕置きされるんだからな。」
勝真が肩に登る次男を落ちないように押さえながら、仕返しとばかりに長男を脅かした。
「・・・・・・」
強気に勝真を睨んでいた長男が、急に不安げに花梨を振り返る。
外見は頼忠に似て身体も大きいが、その辺はまだ子供だ。
花梨は、笑いを堪えて深刻そうな顔をすると、頷いた。
「そうだよ。赤羽先生は怒らせたら怖いからね、お仕置きされないようにちゃんと勉強しなきゃダメだよ。」
「赤羽先生が怒って暴れたときには父さんも手を焼いた。」
頼忠が花梨の言葉を受けて厳しい顔をする。
頼太がみるみる青くなった。
夜ごと繰り返されるプロレスごっこで父親の強さを体感的に知っている頼太にとって、その言葉は衝撃的なのだろう。
千歳がそれを見て気の毒そうな顔をする。
頼忠の言葉に嘘はないのだが、話の流れに乗っているせいでイサトがかなり暴れたように聞こえる。
さすがは『最小限の言葉で確実に落とす』天然敏腕営業。
課長から部長に昇進する日も近いかもしれない。
かくして、翌年の3年2組赤羽学級は、新任教師にも関わらず学級経営が優秀だとして、他校から同期の新任教師が参観に来るほどのモデル学級となった。
それが、児童の間に流れた「赤羽先生は怒ると怖い」伝説の結果だと、大人達は知らない。
解説ターイム。
頼忠さんと花梨ちゃんの10年後です。
なんとなく、頼忠さんは子沢山の感じがします。
浅ましいからかな?(笑)
経済的にも安定していて、子沢山が許される環境と判断しました。
部長昇進と言っても、シオンは大企業ですのでいくつか営業部があります。
営業部の部長からどこかの支店長を経て営業部全体のトップである営業本部長の座に着く事になるでしょう。
頼忠さんがそれを望んでいるかどうかはまた別の話デス。
花梨ちゃん食べツワリというわけではなく、ツワリ終わった頃という設定です。
残念ながら花梨ちゃんとのEDを迎えられなかった皆さんも、花梨ちゃんとEDを迎えたのとだいたい同じような未来を歩んでいることにしました。
でも、イロイロ微妙に違ったりもします。
こちらの勝真さんも警察官ですが、なんか所轄署勤務っぽい感じがしますね。
今回はイサト君の10年後も予告的に出してみました。
ン?となる方が居るかも知れません。
その辺は、また別の機会に、イサト君EDの10年後で書いていきますね。
もう一つ、ン?となるのは頼太君の年齢ですね。
頼忠さんは、花梨ちゃんのご両親にもう一度土下座する事になるのです。
その辺も、また別の機会に書けたらいいなと思っています。
4人の子供達が成長した後のお話も楽しそうで書いてみたいです。
名前については、語感を性格設定に合わせただけで、あまり深く考えてません。
長男の頼太(らいた)君は、大きな体格と明るい性格のヤンチャ系。有川将臣君に近いかも。
次男の未頼(みらい)君は、顔が可愛いのに無愛想で寡黙なので不思議ちゃん扱いされてます。
三男の伊頼(いより)君は、瞳がクリッと大きな頼忠さんという感じで、頭の良い子です。
そして、待望の長女は、頼花(よりか)ちゃんという名前になるんじゃないかと思います。
space‐time的頼忠さんEDでは、花梨ちゃんは夢をかなえないという幸せのカタチを選びます。
夢のために努力した過去は無駄ではない、という頼忠さんの考えに共感したルートですしね。
賛否両論あると思いますが、人生いろいろ、と小泉首相のように言っておきます。(笑)