present



ドアを開けると、両手に荷物を抱えた花梨が勢いよく飛び込んできた。
「ハッピーバースデイ、幸鷹さん!」
満面の笑みで歌うように言う。
「ありがとうございます。」
言いながら花梨を迎え入れてドアを閉めた幸鷹は、嬉しそうに花梨を抱き締めようとした。
それを察して、花梨が身を翻す。
「ダメです、ケーキが潰れちゃう。」
「それでしたら、預かります。」
幸鷹がもどかしそうに花梨の手から荷物を取り上げて、そっと床に置く。
その素早さに花梨が驚いているうちに、幸鷹は花梨を抱き締めてしまった。
「・・・もう・・・」
花梨が照れくさそうに呟いて、幸鷹に身体を預ける。
「貴女と二人きりになれるのはクリスマスイヴ以来なので、つい・・・」
「冬休みはお店が忙しくて・・・ごめんなさい。」
「貴女が謝る必要はありませんよ。」
幸鷹がこんな言い方をするのには理由がある。
冬休み中の花梨を独り占めしよう企む翡翠の差し金だと気付いているからだ。
だが、今の幸鷹はそんなことで冷静さを失ったりしない。
花梨がこうして自らの意思で自分の胸に身体を預けてくれる限り。
「その代わりに、二十日分のキスを・・・」
そう囁いて近づいてきた幸鷹の唇を、花梨が素早く手で押さえる。
キョトンとした幸鷹に、花梨は頬を染めて言った。
「私のプレゼントを全部受け取ってからにしてください。」
「はい。」
幸鷹は素直に頷いた。
何かあるのだろう、と素早く察知したのだ。
そうでなければ、花梨とキスをするだけのためにその頭脳を余すところなく駆使して口説くまでだ。
「ケーキを作ってきたんです。」
花梨はそう言うと、幸鷹の腕をすり抜けて床の荷物を持った。
「貴女が?・・・では、紅茶を淹れましょう。」
幸鷹は嬉しさに顔を輝かせると、いそいそと支度を始めた。


紅茶を淹れてテーブルについた幸鷹が見たものは、およそ幸鷹の想像の域を外れたケーキだった。
・・・ドーナツ?
しかも、大人の顔ぐらいの大きさはある。
たいしてお菓子に詳しくない幸鷹にとって、ケーキと言えば、何処かしらにクリームが載っているものだった。
「・・・め、珍しいタイプのケーキですね・・・」
花梨がナイフを入れながら頷く。
「本当は、ショートケーキにロウソク立てて、バースデイソング歌いたかったんですけど・・・スポンジがうまく膨らまなくて、できなかったんです。エンゼル型なら焼きムラが出ないからうまくいくって聞いて・・・」
「エンゼル型・・・天使のエンジェルですか?」
「はい。真ん中に穴が開いてるから、天使の輪のことだと思います。」
「なるほど・・・」
ドーナツ状なのはそのせいらしい。
「二人だと多いかと思ったんですけど、このケーキなら持ちますから、残りは置いていこうと思います。幸鷹さんが何日かかけて食べてもいいし、あの・・・お家の人と食べてもいいし・・・」
そう言って、花梨は気遣うように幸鷹を見た。
家族と少しでも接点を持った方がいいと言いたいのだろう。
「ありがとうございます。そうですね・・・たまには良いかも知れません。」
幸鷹の意思に任せながら、そっと背中を押してくれる花梨。
その気持ちを無にしないよう、幸鷹は微笑んだ。
夕食の際にこのケーキを渡して恋人ができたと言っても、多分両親は喜ばないだろう。
気が緩んで司法試験に落ちれば、タダ飯食らいを1年多く面倒見なければならない。
彼らはそんな風にしか考えてくれまい。
いや、自分が期待を裏切ったせいで、そんな風にしか考えてくれなくなってしまった。
花梨を紹介できる日など程遠い。
ティーカップのソーサーを取り皿代わりにして、花梨がケーキを取り分ける。
見ると、何か間に挟まっていた毒々しい紫色をしたものがネットリと垂れた。
それを見た幸鷹は、冷や汗が噴き出すのを感じた。
食べる前に、その紫が何なのかだけは、聞きだす必要がある。
「これは・・・何のケーキなのですか?」
「え?プレーンケーキにブルーベリーのジャムを挟んだだけですよ?」
「ああ、ブルーベリー・・・」
「目にいいって言うから。幸鷹さんの肩こりは、目からきてるんでしょう?」
そう言って、花梨が幸鷹の前に取り皿を置く。
その様子を見ていた幸鷹が、低く呟いた。
「・・・いい奥さんになりそうですね。」
「え?!」
予想していなかった言葉に花梨が顔を上げると、幸鷹が、真顔で花梨を見つめていた。
だが、それに続く言葉が幸鷹の口から出ることはなかった。
年齢は充分でも学生である以上、無責任にその言葉を口にできないのが幸鷹の性格だ。
それでも、瞳がその想いを語ってしまう。
怖いほど嘘のない瞳。
花梨はかあっと頬を染めると、視線を逸らし、慌てて言った。
「そ、それは、食べてみてから判断してください!」
その様子に幸鷹が苦笑してフォークを持つ。
「では、遠慮なくいただきます。」
花梨が見守る中、幸鷹はケーキを一口食べた。
その途端、卵とバター、ブルーベリーの風味が舌の上で程好く溶け合い、幸鷹は目を丸くした。
「ん!・・・とても美味しいです!」
スポンジケーキを焼けなかったという花梨の言葉から、幸鷹は味に期待していなかった。
なので、その美味しさに心底驚いたのだ。
「花梨さんも、どうぞ食べてください。」
そう言うと、幸鷹は黙々とケーキを食べ始める。
美味しかったから、というのもあるが、幸鷹は話を戻すことを避けた。
プロポーズできる立場でない自分が、そんな話を持ち出すのは時期尚早だと思ったからだ。
本当は、すぐにでも婚約者となって、花梨が結婚する気になるのをゆっくり待ちたい。
だが、幸鷹のそれは結婚願望ではなかった。
永遠に続く気持ちを証明する、確かな約束が、ただ欲しいだけ。
そういう性分なのだ。
・・・物理的に繋がることができれば、この焦りも少しは収まるだろうか。
花梨を見れば、ケーキを食べながら無邪気に微笑みかけてくる。
幸鷹もティーカップを口もとに運びながら微笑んだ。
どうやら、この渦巻く衝動を隠し通すことには成功しているようだ。
これからも。
自分と繋がる事を、彼女が自ら望むまで。
耐えることを辛いとは思わない。
甘いキスと熱い抱擁だけを与えるロマンチックな存在で居るのも、悪くない。
ケーキを食べ終えた花梨がフォークを置くと、大きめの袋をゴソゴソと取り出した。
「プレゼントです。」
幸鷹がティーカップを置いてそれを受け取る。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「はい。」
リボンを解き、包装紙を開けてプレゼントを取り出した幸鷹は、そのまま固まってしまった。
・・・空気入れ?
タイヤに空気を入れる時に踏む青い蛇腹のような物と、血圧を測る時に空気を入れる風船のような物がつながっている。
どっちも空気入れのように見える。
何に使う物だか、見当がつかない。
花梨がニコニコしながら戸惑う幸鷹のそばに寄る。
「着けてみていいですか?」
「え?・・・ええ・・・」
・・・空気入れを?・・・どこに?
まさに鳩が豆鉄砲を食らった状態の幸鷹を尻目に、花梨が嬉々としてパッケージを開ける。
青い蛇腹のような物を開くと、さっさと幸鷹の首に巻いてしまった。
そして、血圧を測る時のように風船をつぶして空気を送る。
「・・・あ・・・」
「どうですか?」
「何故でしょう、首が伸びて爽快な感じがします!」
首に蛇腹を巻いた状態で感激している幸鷹は、はたから見るとかなり間抜けだ。
だが、花梨も幸鷹も大真面目だった。
「肩こりに効くらしいんです。」
「これは素晴らしい・・・愛用させていただきます!花梨さん!」
幸鷹はそう言うと、パッケージに入っている説明書を真剣に読み始めた。
説明書に視線を落としたまま、花梨に向かって手を出す。
「花梨さん、空気入れを貸してください。」
花梨が空気入れを渡すと、幸鷹は説明書を読みながら圧力を調整し始める。
その様子は、まるで玩具をもらった途端に夢中で遊び始める子供のようだった。
花梨が込み上げる笑いを噛み殺す。
こうなってしまったら、幸鷹はしばらく自分の世界から帰って来ない。
付き合いは浅いが何となくそれに気付いている花梨は、黙って余ったケーキを箱に仕舞い始めた。
「あ・・・すみません、夢中になってしまいました。」
幸鷹がそう言って、首から蛇腹を外す。
「いいえ、喜んでもらえたみたいで、良かったです。」
花梨がケーキの箱を閉じながら微笑んだ。
「ええ、とても興味深く、それでいて役立つものを頂いて、感激しました。」
「・・・あは・・・」
幸鷹の最大級の褒め言葉に、花梨は自嘲的に笑うと、少し緊張した面持ちで紅茶を一口飲んだ。
しばらくティーカップを見つめてから、消え入りそうな声で言う。
「・・・それと・・・もう一つ、プレゼントなんですけど・・・」
「まだ頂けるのですか?」
幸鷹が心底驚いた声を出す。
花梨は頷いて、幸鷹のそばに寄ると、プレゼントを包んでいたリボンを拾ってカチューシャのように頭に巻いた。
「幸鷹さんが欲しいなら・・・」
私をあげる、とテンプレートなセリフを考えてきたのだが、最後まで言えずに真っ赤になって俯く。
「・・・・・・」
幸鷹の反応がないので、恐る恐る目だけで見上げると、幸鷹は真顔で花梨を見つめていた。
いや、正確には、真顔ではない。
瞳だけが、恐ろしいほどの迫力を持って花梨を見つめている。
優しく見つめられた事しかない花梨は、初めて見るその眼力に、身体を強張らせた。
幸鷹が怒っていると思った花梨は、慌てて頭のリボンを解く。
「ご、ごめんなさ・・・」
言葉は途中で遮られた。
いきなり幸鷹が花梨を抱き上げたからだ。
すぐそばにあるベッドへ乱暴に花梨を横たわらせると、大股で窓へ歩いて行き、カーテンを閉める。
戻りながらジャケットを脱いでデスクの椅子にかけ、ティッシュの箱をベッドのヘッドボードに置く。
ティーカップが載ったままのテーブルを端に寄せ、大股でドアへ歩いて行き、鍵をかける。
いつもの幸鷹からは想像できないほど、全ての動作が荒っぽい。
真顔で着々と準備を進める幸鷹を、ベッドの上の花梨が呆然として見守る。
花梨は、もっと喜んでくれると思っていたのだ。
笑顔で抱き締めて、愛の言葉を囁いて、いつものように熱いキスで蕩けさせて、それから・・・
その先はどうなるのか分からなかったが、花梨は、そんな風に予想していた。
予想とかけ離れた幸鷹の表情と、行動。
怒っているようにしか見えない。
花梨からの誘いが、不満だったのだろうか。
だが、幸鷹は待ってくれていたはずだ。
そんなことで怒ってしまうような狭量な人物でないことも、よく分かっている。
きっちりと首まで留めてあったワイシャツのボタンを二つ目まで外しながら、幸鷹がベッドへ歩み寄る。
いつもの笑顔は、ない。
それどころか、少し息苦しそうにも見える。
ぎし、とベッドを軋ませて、幸鷹が膝からベッドに上がると、花梨を跨いで膝立ちになり、いきなり花梨のセーターに手をかけた。
「・・・あの・・・」
花梨が泣きそうな顔で口を開いた。
「どうかしましたか?」
幸鷹が手を止めて精一杯落ち着いた声で答えたが、弾む息は隠せない。
花梨がその様子を見て息を飲む。
怯えている花梨を見て、幸鷹は花梨の顔の横に片手を付くと、もう片方の手で頬を撫でながら、申し訳なさそうに言った。
「・・・興奮しているだけですから、怖がらないでください・・・」
やっと幸鷹が怒っていない事を理解した花梨が、ほっと息をついて頷く。
「あの・・・優しくしてくださいね・・・」
「当然です!」
叱り付けるような幸鷹の声音に、花梨がビクッと肩を竦ませた。
幸鷹がはっとする。
「あっ・・・すみません・・・」
「だ、大丈夫です。」
花梨が眉を八の字にしたまま、こくこくと頷く。
全く大丈夫そうに見えないその様子を見て、幸鷹は苦笑した。
一刻も早く花梨が欲しい。
ゆっくり優しく花梨を感じさせたい。
相反する衝動と愛情。
花梨が求めているのは、後者だ。
「・・・キスが、まだでしたね・・・」
今すぐ丸裸にしてしまいたい衝動を抑えつけて、幸鷹が花梨を抱き締める。
その温もりに、花梨が怯えを消すと、幸鷹の首に腕を回した。
「はい・・・二十日分、ください。」
それを聞いた幸鷹が、やっと花梨の意図を理解する。
そして、悪戯っぽく微笑んで、言った。
「唇以外の部分も含めると二十日分では到底足りませんので、増量を請求します。」
「え・・・唇以外って・・・」
花梨がかあっと赤くなる。
幸鷹は、クスリと笑うと、花梨の回答も聞かずに口付け始めた。


おまけ。
幸鷹さんがもらったプレゼントはコレです。
Dr.エアー矯正ストレッチ




メニューへはブラウザの“戻る”ボタンでお戻り下さい。

Homeへ



こっそり。
続きが地下にございます。
18歳以上の方、よろしければどうぞ