夢の応急処置
「あっ、猫!」
望美がいきなりテニスコートを囲う低木の茂みに駆け出した。
「先輩?!」
譲が驚きの声を上げてから、早足でそれを追いかける。
小さな騒ぎに登校中の生徒たちが何人か振り向いてから、何事もなかったように校門に入って行った。
望美は猫が好きだ。
猫と見ればすぐ触りたがる。
だが、猫に近づく要領が悪いので、いつも逃げられる。
今も。
「ほらっ、おいでー!」
茂みに隠れてしまった猫に、しゃがんで手を差し出すが、出てくる気配はない。
望美の甲高い声は、譲にとってアルファ波発生源でも、猫にとっては刺激が強いのだ。
譲は小さく笑みながら少し後ろで望美が諦めるのを待つ。
一生懸命に猫を追いかけて逃げられている望美は、子供のようで可愛い。
・・・猫になれたら
ふと思う。
望美に必死で追いかけられて、のらりくらりと逃げちゃったりするのは立場が逆転した感じですごくイイ。
そして捕まえられて「可愛い〜」とか言いながらギュッと抱き締められちゃったりするのもすごくイイ。
・・・そうだ、猫ならどこを舐めても怒られないな・・・
唇とか。
項とか。
それから、胸に顔をスリスリしちゃったり。
譲が小さく笑んだまま妄想の世界へ意識を飛ばす。
その間に望美は、なかなか出てこない猫に痺れを切らして茂みの中へ入っていた。
当たり前だがそんな事をされれば猫は逃げる。
「あっ・・・あ〜、逃げちゃったぁ・・・」
望美が腰まで茂みに埋めながら、悔しそうに呟く。
諦めて譲を振り向くと、譲は望美がしゃがんでいた地点を見つめたままニヤニヤしていた。
「・・・?」
望美が首を傾げてから、茂みを戻る。
その時。
「きゃっ、イタぁっ!」
望美が悲鳴を上げた。
譲が我に返る。
「?!」
妄想トリップ中で、何も見ていなかった。
八葉失格。
星の一族失格。
家に帰ったらスミレお婆さんの仏壇に土下座決定だ。
「痛いよ〜・・・チクッとしたの・・・」
望美が半泣きで茂みから出てくる。
「えっ、虫ですか?」
「分かんない・・・」
望美がスカートの後ろを押さえながら茂みを振り返る。
譲も茂みを見る。
何か白い花が咲いていて、その周りを蜂が忙しく飛び回っていた。
「蜂・・・ですね・・・多分・・・」
「ええ〜?」
望美が半泣きの表情を更に歪める。
「とにかく保健室に行きましょう!歩けますか?」
譲が久々に戦闘時のような鋭い表情を見せた。
「失礼します。」
切羽詰った声で譲が言って保健室のドアを開ける。
誰も居ない。
養護教諭は、まだ出勤していないのだろうか。
「弱ったな・・・」
望美に椅子を促して、譲は書庫を見上げる。
応急処置の本を見つけてそれを取り出すと、パラパラとそれをめくった。
蜂に刺された時の応急処置方法を見つけて、そこを開いたまま望美を振り返る。
「針が残っているかも知れないので、ピンセットで抜くそうです。」
「え・・・」
望美が恐怖に顔を歪める。
「傷には触らないようにしますから・・・座ってください。」
そう言って、譲は用具の中からピンセットを探し出し、消毒液をつけた。
望美はと言えば、座らずにもじもじしている。
「先輩?・・・座ってもらった方が俺もやりやすいんですけど・・・」
「だって、座ったら痛いから・・・」
「・・・え。」
譲が傷の場所を確認していなかったことに気付く。
まさか。
「ここらへんなんだけど・・・」
望美が背を向けるとスカートを捲った。
太腿の後ろ、付け根近くが小さく腫れている。
パンティーが今にも見えそうな位置だ。
「・・・!」
譲がかあっと赤くなる。
「・・・どうしたらやりやすい?」
望美が背中を向けたまま、恥ずかしそうに顔だけ振り向く。
「えっ・・・とですね・・・どうしたら・・・」
・・・こういう場合、どうしたらいいんだ?
冷静を装って、このオイシすぎる治療を続けるか。
それとも、紳士的に治療を辞退し、養護教諭を待つか。
だが。
望美の中には養護教諭を待つという選択肢は浮かんでいないらしい。
譲がキッと顔を上げた。
・・・そうだ、これも八葉の勤め!スミレお婆さん、俺は理性を総動員して神子様の応急処置に当たります!
だがその顔は、決意内容の割に心なしか緩んでいる。
「そこのベッドを使いましょうか・・・?」
「うん・・・」
朝練で脛を擦り剥いた2年のサッカー部員が、保健室のドアの前で固まる。
何やら微妙な雰囲気を出す男女の会話を聞いてしまったのだ。
まさか、保健室で。
AVなどでありがちなだけに、けっこう燃えるシチュエーション。
サッカー部員は思わず耳をそばだてた。
「あ、そうですね、その体勢の方が、俺もやりやすいです。」
「譲くん・・・あのね・・・痛くしないでね・・・」
・・・譲?・・・5組の有川か?!
サッカー部員がギョッとする。
あの真面目人間で有名な有川が。
今まで女を寄せ付けなかったくせに、いきなり年上美人をゲットしたらしいという噂は聞いていた。
だが、ここまでススんでいたとは。
ていうか、それはそれですごく面白い。
皆に言い触らそう。
サッカー部員は怪我の痛みも忘れて興奮気味にドアに張り付いた。
「大丈夫です。俺、こういうのにはちょっと自信ありますよ。」
「うん、譲くん、こういう事すごく上手だもんね・・・じゃ、お願い・・・」
「・・・し、失礼します・・・」
「や、エッチ!そんなに捲ったら、見えちゃうでしょ?!」
「・・・っあの・・・でも・・・見ないとできないんですけど・・・」
「もぉ〜!」
「うわっ、すごいな・・・もうこんなに赤くなってる・・・」
「いやぁ・・・」
「始めます。」
「・・・ん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ああ、これか・・・」
「・・・んっ・・・」
「痛いですか?」
「・・・っ大丈夫・・・あっ・・・」
「位置は分かってるんですけど、思ったより深くて・・・痛いなら、我慢しないで言ってください。」
「・・・平気・・・っく・・・」
「辛そうですね・・・手っ取り早く済ませましょう・・・」
「え・・・や!そんなところ触らないで!」
「我慢してください。手っ取り早く済ませるには、ここを押さえた方が・・・」
「もう、エッチ!・・・あうっ!」
「何と言われようと、俺はやめませんよ。」
「分かっ・・・てるけど・・・んっ・・・いっ・・・くぅ・・・!」
「よし。」
「・・・はぁっ・・・」
「すみません・・・もっと優しくできれば良かったんですが・・・」
「ううん、譲くんは優しいよ・・・こんなこと、譲くん以外の人にして欲しくないし・・・」
「・・・先輩・・・」
「だからね、続けて・・・?」
「・・・はい・・・次は、と・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・あの・・・俺がこれから何をしても驚かないでください・・・」
「え?」
「失礼します!」
「えっ・・・ひゃん・・・いやぁ〜!」
「うわっ、先輩、暴れないで下さい。丁寧に吸っておかないと、このあと痛いですよ?!」
「だって、息がかかってヘンな感じなの・・・」
「え・・・」
「・・・な、何その嬉しそうな顔は・・・エッチなんだから!」
「そっ・・・そんなことは・・・と、とにかく、じっとしていてください!」
「ふぇ〜ん・・・やっ・・・あっ・・・」
「・・・ん・・・」
ちゅぱ、という卑猥な音。
夢中で壁に張り付いていたサッカー部員が、肩を叩かれてビクッと身体を震わせた。
「何か用?」
出勤してきた養護教諭が不審そうにサッカー部員を見上げる。
「いえ!何でも!」
サッカー部員は慌てて前屈みのまま逃げていった。
首を傾げながら、養護教諭が保健室のドアを開ける。
そこには、ベッドに上半身だけをうつ伏せに預けた女生徒と、その足もとで床に跪いてスカートの中に顔を突っ込んでいる男子生徒の姿。
「あなた達!ここで何をしているの?!」
養護教諭になって18年、前代未聞の出来事に、彼女は悲鳴のような声を上げざるを得なかった。
その日の放課後、譲は青木に衝撃の言葉を聞かされる。
「お前、朝っぱらから保健室で望美ッチをヒイヒイ言わせてたんだって?真面目人間のご乱行だってサッカー部の奴が大喜びで言い触らしてたぞ。」