夢のクリスマス


今日はクリスマスイヴ。
現代日本において、恋人同士が一線を越えるのに、うってつけの日。
譲は上機嫌でチューブライトを庭木に巻いていた。
片思いの頃はクリスマスなんてただの宗教的儀式じゃないかと思ったものだ。
だが、そんなのは彼女が居ない男の寂しい言い訳に過ぎないと、今は胸を張って言える。
万年発情期である男達と違い、女の子の発情期間は短い。
クリスマス、バレンタイン、誕生日。
イベント合わせで発情する雌達とどうにかタイミングを合わせようと、雄達は心を逸らせる。
品行方正であるはずの譲も、ご他聞にもれず、そんな雄の一匹となっていた。
譲が発情クリスマスバッチコイ状態になっているのには理由がある。
今年のクリスマスも、譲は例年通り家族ぐるみでクリスマスディナーを食べて終わらせるつもりだった。
丸ごとのローストチキンを焼いて、切り分けてあげる時の望美の笑顔。
それを見るだけで、十分にメリークリスマスだったのだ。
受験生である望美に遠慮して、今年も控えめなメリークリスマスで終わらせるつもりだった譲は、望美に二人きりで過ごしたいと言われて目を丸くした。
そして、二つ返事で了承すると、慌てて発情クリスマスデートプランを綿密に立てた。
片思い暦ばかり長いだけの譲が一生懸命考えた、ベタベタなクリスマスデート。
だが。
綿密なデートプランを完璧にするため横浜へ下見に出かけて気付いた。
クリスマスも一ヶ月前だというのに夜の山下公園は恋人達で溢れている。
ロマンチックな場所を二人きりで独占するなど不可能に近い。
望美は「二人きり」と言った。
「二人きり」じゃないと起こり得ないスペシャルイベントが用意されているに違いない。
クリスマスツリーの前で待ち合わせてCMのようにギュッと抱き合うというプランも捨てがたかったが、二人きりになれないのでボツにした。
それ以前に、久しぶりの再会でもないのにCMのように望美が飛びついて来てくれる訳がない。
それ以前に、お隣同士なのに外で待ち合わせしてる事自体がおかしい。
仕方がないので、譲は自分の器用さを最大限利用することにした。
TVチャンピオンのイルミネーション王選手権を見て庭の一画を飾り立てたのだ。
お節料理を全て引き受けるという交換条件のもと前借りしたお年玉で作り上げたそれは、言うなれば有川ミレナリオ。
完成したミレナリオの前でほくそ笑む。
・・・二人きりって事はやっぱりそういう意味なんだろうな
そう、独りでほくそ笑んでいても大丈夫。
どんなにイチャコラしても問題ないように、家の中や庭の外からは見えない蔵の陰の死角を選んだのだ。
ある意味、生まれたままの姿になっても・・・
・・・いや、ダメだ、先輩が風邪を引いてしまうからな
そんな理由でブレーキをかける、星の一族。
今日はとにかく、望美が巻き起こすであろうスペシャルイベント「二人きりイリュージョン」に酔い痴れようではないか。
家の中には両親も居るわけだし、一線を越えるのは、もう少し、先でいい。


深い、口付け。
舌を差し出し、絡めれば。
答えるように、軽く吸い返される感触。
いつからだろうか、彼女がこんな風に口付けへ答えるようになったのは。
ただ、譲の腕や服を強く握り締めて口付けを受け止めていただけの、望美が。
少しずつ慣れていく譲の所作に、答えるようになったのは。
深い口付けの濡れた感触は、いつも譲の冷静さを奪う。
まして、望美がそれに答えるようになってから、譲は、いつの間にか夢中でそれを貪ってしまう事が多くなっていた。
だが、望美はそれを嫌がらない。
息苦しそうにしながら、黙って受け止めて。
唇を離して、瞳を開けば。
いつからだろうか、こんな風に、潤んだ瞳で見つめ返してくるようになったのは。
そんな目をされると。
譲が再び望美の唇に頬を寄せる。
望美が再び瞳を閉じる。
また、口付けたくなるのだ。
そして。
「・・・ふ・・・」
望美が色っぽく息を吐いて、くたりと譲の胸に身体を預ける。
酸欠なのだろうか。
望美は長いキスのあと、こんな風に力が抜けたようになってしまうことが多くなった。
譲は、その髪に口付けたり、梳くように何度も撫でたりして、望美が身体を離すのを待つ。
火照りそうな身体を鎮めながら。
最近は、二人きりになると、こんなことばかり繰り返している。
快楽。
譲にとっては、明らかに、性的快楽。
望美にとっても、多分。
キスを強請るような仕草をする時があるから。
そういう時の、望美の誘うような瞳は、譲を少し自信過剰にさせる。
そろそろ、次の段階だろうか、と。
望美への恋心が性欲という形で具体化して以来、ずっと欲していたこと。
だが、望美にその気がない以上、望美至上主義である譲にその欲望を行動に移す理由など見つけられるはずもなく。
時々訪れるチャンスにも、大いに戸惑っては逃げてばかりで。
もどかしく考えをめぐらせながら、望美の明らかなOKサインを待つ日々。
望美の瞳が潤んでいる。
これはOKサインと受け取っても良いのだろうか。
だけど。
・・・次の段階って、どの位で寸止めすれば良いんだ?
望美はクラスメートとのクリスマスパーティーから帰ってくると、有川ミレナリオに大喜びして涙まで浮かべた。
店員に勧められるまま買った今年流行だというハーフコートでキメた譲は、望美の感激が冷めやらぬうちにクリスマスプレゼントを渡した。
横浜へ下見に行った時に買っておいた、小さなイヤリング。
望美が嬉しそうにイヤリングを着けて、譲を見上げる。
『どうかな?』
『良かった・・・思った通りです。』
『え?』
『こういう大人っぽいのを付けたら、きっと綺麗だろうなって・・・』
口説き文句のつもりはなかった。
譲は「ピュー(口笛)可愛いね」とか「貴女はいけない人ですね」とかいうのが口説き文句だと思っていたのだ。
だが、望美は頬を染めると、譲のコートの裾を引っ張って、小さな声で言った。
『・・・バカ・・・恥ずかしいこと、言わないでよ・・・』
『え・・・』
譲は戸惑いの色を隠せなかった。
・・・なんだこれは?!これがクリスマス発情効果か?!
どういう言葉を返せばいいのか、驚きのあまり思考がまとまらない。
望美はそんな譲の間抜け顔を眩しそうに見つめてから、そっと瞳を閉じた。
それを見て、譲は息を呑みながらも、カモネギ、という言葉が脳内を掠めるのを感じた。
何を考えてるんだ俺は、と否定しながら、譲は望美に口付けて。
そして、今に至る。
腕の中で望美が安らいでいるのを感じる。
髪を撫でながら、譲は首を傾げてその顔を覗き込む。
譲のコートに頬をつけて、望美は幸せそうに目を閉じている。
髪を撫でるたび、柔らかそうな耳たぶで、イヤリングが小さく揺れる。
それだけで、望美が20歳をとうに過ぎた大人の女性のように見える。
神秘的な思いにとらわれる。
女性というのは、こんな小さなガラス片が耳に飾り付けられるだけで、痺れるほど大人っぽくなってしまうものなのだ。
そして、それを贈ったのは、他でもない自分で。
愛しい女性を自分が贈った物で飾る喜び。
大人の男になったような気分になる。
譲は望美の髪を撫でていた手を離し、人差し指で望美のイヤリングを掬った。
「・・・ん・・・」
望美が小さく声を上げて身体を震わせる。
その声が甘みを帯びているのを感じて、譲は思い出す。
望美は、耳が弱いのだ。
半年ほど前、望美の耳に触れたとき、脳内の望美ノートに何行も書き込んだので間違いない。
だが、その時の望美は、触らないでと逃げてしまった。
それなのに。
望美がうっすらと瞳を開く。
その瞳が譲へ向けられることなく、望美は、どこか遠くを見ているような表情のままで。
譲は、耳にかかっている望美の髪を、そっと耳の後ろにかける。
ピク、と望美が震えて、小さく眉が寄る。
それでも、望美は黙ったままだ。
譲に震えが走る。
感じちゃってる、ってやつだ。
ゼッタイそうだ。
どうしよう。
こんな時、どうすればいいかなんて、どの参考書にも載ってない。
部屋に隠してある危険物にだって、こんなシチュエーションが載ってるワケがないのだ。
望美の耳たぶと瞳を交互に見つめたまま脂汗を流す譲に、望美がうっとりとした声で言った。
「譲くん・・・私ね・・・譲くんの気持ちが知りたかったの・・・」
その声の色っぽさに、譲が頬を染める。
「俺の気持ち、ですか・・・?」
ドキドキしすぎてオウム返しに答えるしか、できない。
これは多分。
望美のイリュージョンが始まりを告げているのだ。
「友達に、二人きりで過ごせば譲くんの気持ちが分かるって言われたんだけどね・・・今、ちょっとだけ、分かったかも・・・」
「え・・・?」
なんという大進展。
筋金入りの鈍感である望美が、譲の気持ちを分かったと言っている。
その前に、望美が譲の気持ちを知りたいと考えたという事実だけでも大進展なのだ。
「エッチなこと・・・したいよね?」
譲がギクリと身体を震わせる。
「えっ・・・いや・・・その・・・」
肯定するべきか、否定するべきか。
「違った?」
望美が可愛らしく首を傾げ、イヤリングがミレナリオの灯りを反射してキラリと光る。
魅惑的すぎる。
「・・・当たりです。」
譲が真顔になる。
望美はその言葉を聞くと、ほっとしたように言った。
「そっか・・・でも、エッチなことって言っても、いっぱいあるから・・・譲くんが今したいのはどんなこと?」
「・・・・・・」
やっぱり望美は望美だ。
確かにこれはイリュージョンなのだろうが、直接的すぎて言葉にならない。
今したい事をそのまま説明するとしたら、放送禁止用語だらけになる。
何と言えば通じるだろうか。
こんな日がいつか来るかも知れないと、口説き文句を考えたことはあった。
しかし譲は。
そんなことを考えていたら、いつの間にか布団を被って部屋中をゴロゴロ転がっていたくらいで。
とてもじゃないけど、ヒノエみたいに「二人でケモノにならないかい?」なんて言えない。
むしろヒノエだってそんなこと言ってない。
「・・・あのっ、その、パンゲアになりたい・・・とか・・・」
真っ赤になって上ずった声を絞り出す。
「パンゲアって何?」
望美がキョトンと聞き返した。
やっぱりだ。
望美に遠まわしな言葉は通じない。
と言うより譲の言葉選択が間違っているのだが、譲本人がそんな事に気付くはずもない。
仕方なく、譲はモジモジと両手の指先を擦り合わせながら言った。
「まずはですね・・・先輩の服を一枚一枚楽しみながらゆっくり脱がせて裸にして・・・ん、いや待てよ・・・下着姿も楽しみたいからな・・・でも我慢できなさそうだな俺・・・」
だんだん独り言の様相を呈していく譲の言葉を、望美は真っ赤になって遮った。
「エッチな事って、そういう事なの?!」
「すっ、すみません!」
譲が慌てて謝る。
望美はその様子に一旦口をつぐんでから、考え考え言った。
「・・・そっか・・・そうなんだ・・・ごめん・・・私、もっと大人になってからだと思ってて・・・」
譲がはっとする。
望美だけじゃない。
譲も、こういった問題に関しては、望美の気持ちなどまるで掴めていなかった。
エッチだと怒られては、弁解もせず理由も聞かず、ただ謝るだけで。
そうなのだ。
望美の言うとおり、高校生にはまだ早い行為であることも、否めない。
譲は苦笑しながら言った。
「ええ、心配しないで下さい。大人になるまで、俺は待ちますよ。」
大人になる日って何年何月何日ですかと聞きたい気分ではあるが、いつかそんな日が来るという保障があるだけでも幸せすぎる事なのだ。
「ううん・・・」
望美が首を振って続ける。
「・・・別に、二十歳になるまでダメとか、そういう風に思ってたんじゃないの。ただ、何となく、まだ早いかなって・・・だからちゃんと考えたことがなくて・・・お願い、もう少し、考えさせて?」
「もちろんです。焦らずにゆっくり考えてください。俺はいつまでも待ちますから。」
「うん・・・ありがと・・・」
言いながら、譲の胸に身体を預けると、望美は目を閉じた。
「いえ、俺の方こそ、先輩にそんな風に思ってもらえて嬉しいです。」
譲が身を屈めて望美を抱き締める。
と、望美が突然声を上げた。
「あ、でもね、ちょっとなら、許してあげる!」
「何をですか?」
「触ったり、とか。」
望美が恥ずかしそうに目を伏せる。
・・・どこを?どうやって?
意味が分からない譲を尻目に、望美は譲から離れると目を閉じた。
「はい!いいよ、好きなところ、触って?」
「え・・・」
譲が戸惑いの声を上げる。
「早く!」
照れからなのか、望美が怒ったような声を上げた。
「は、はあ・・・」
譲は言われるまま、へっぴり腰で望美の言葉に従う。
「やっ、エッチ!」
ぺしっ、と頭を叩く音。
「なっ・・・触っていいって言ったじゃないですか・・・」
「ご、ごめん・・・こんな所を触られると思わなかったから・・・もう大丈夫、はい、どうぞ!」
「じゃあ・・・」
「ひゃん、エッチ!」
ぺしっ。
「痛・・・いちいち驚くんだったら、目を開けていた方がいいんじゃないですか?」
「だって、見てたら恥ずかしいもん・・・いいの、気にしないで続けて?」
「・・・・・・」
「きゃっ!」
ぺしっ。
「・・・・・・」
「やんっ!」
ぺしっ。
「・・・・・・」
「そこはさっき触ったでしょ?!」
ぺしっ。
・・・・・・
・・・・・・
叩かれながらも黙々と望美を触り続ける譲に、メリー・クリスマス。




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