夢のバレンタインデー


3学期が始まった日の放課後、譲が部室へ歩いていると、部室棟の方から望美の声が聞こえてきた。
「・・・どうしよう・・・譲くん、絶対上手だもん。」
とっさに近くにあった柱の陰に隠れる。
ヒノエや弁慶だったらここで爽やかに近づいていって『オレのことかい?』だとか『誰の噂話ですか?』だとか聞けるのだが、譲にそんな事を期待するのが間違いだ。
「・・・・・・」
望美と話しているであろう相手の声は聞こえない。
譲の耳は望美の声にだけ反応するようになってしまっているらしい。
「あ、なるほどね〜。」
テニス部の望美は着替え終わってテニスコートに向かうところらしく、だんだん声が近づいてくる。
「・・・とかどう?」
「うーん、それは喜んでくれると思うけど・・・譲くん大きいからなあ・・・大変そう・・・」
譲がはっとして自分の下半身を見た。
「大丈夫だって!すぐ慣れるよ!」
一緒に話している相手は、同じテニス部の女子部員らしかった。
「そうかなあ・・・じゃあ、頑張ってみようかな?せっかくのバレンタインデーだしね!いろいろ教えてくれる?」
「もちろん!任せて!」
望美は譲に気付かないまま、譲が隠れている柱を通り過ぎていった。
・・・俺が上手で大きい?!
譲の心臓が早鐘を打つ。
・・・それってアレか?・・・恋人同士の性的ゴールインむしろホールインワンってやつのことか?
上手も何も知識ばかりで経験はゼロだし、大きさは標準程度だと思っていた。
それより。
・・・何で大きさを知ってるんだ?
見られた事は無いはずだ。
将臣が言ったのだろうか。
だが、幼い頃に将臣とふざけて大きさ比べをした時には、年上の将臣の方が大きかった。
それ以来、目が悪くなったので、風呂などで他人のモノを見て自分と比べるようなことは無かったのだ。
熊野の温泉で誰かが見ていて望美に言ったのだろうか。
・・・待て、落ち着け、俺。
何より大事なことがある。
望美の言葉を総合すれば。
・・・バレンタインデーにアタシをア・ゲ・ルってことじゃないか!
「・(なかぐろ)」もしっかり切って、譲は心の中で叫んだ。
そして、望美はいじらしい事に、譲のモノが大きいから痛そうだけど頑張ると言っていたのだ。
・・・先輩・・・俺は幸せ者です・・・
譲は涙を浮かべて拳を握り締める。
・・・そうだ!上手だと思ってる先輩の期待を裏切らないように、今日から特訓だ!料理上手は床上手!先輩を俺なしではいられない身体にしてみせる!
譲は鼻血が出そうなほど真っ赤な顔で何度も頷いた。


その日から、譲は毎晩血の滲むようなシュミレーションを重ねた。
シュミレーションしているうちに何度も耐えられなくなり、実際に血が滲んだとか滲まないとか。
日に日にげっそりしていく譲と、目の下にクマを作った望美。
異様な二人が仲睦まじく登校してくる様子は、1年男子の間に「有川毎晩ヤリ過ぎ説」を定着させた。


そしてバレンタインデー当日。
嬉々としてセーターを持ってきた望美の言葉を聞いて、譲は灰になったという。
「譲くん、お菓子作るの上手だから、手作りチョコレートはやめたの。でね、セーター編むことにしたんだけど、譲くん身体が大きいから間に合わないかもって、焦ったよ〜。」




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