夢の逆転生活
「この公式って・・・確か1年の時にやったんだよね・・・」
2年近く高校生活から離れていた望美は、学年末テストの勉強に苦戦していた。
もともとあまり成績の良い方ではない。
「・・・そんなのもう忘れちゃったよ・・・あっ、そうだ!」
お隣の便利な優等生に教えてもらうため、望美は部屋を出ていった。
「譲くーん。」
有川家の玄関から望美が声を張り上げても、返事はなかった。
譲の靴はある。
「音楽でも聴きながら勉強してるのかな?」
望美は靴を脱ぐと、階段を上り譲の部屋へ向かった。
「譲くん。」
部屋のドアをノックしたが、返事はない。
「おかしいな・・・」
先ほど窓越しに見た時には、譲の部屋の電気はついていた。
電気を消し忘れたまま、図書館へでも行ったのだろうか。
「せっかく来たんだし、参考書だけ見せてもらおうかな?・・・失礼しまーす。」
ドアを開けて、望美はびっくりした。
譲が学ランを脱ぎ捨てたまま、ベッドの上に倒れ込んでいたのだ。
慌てて駆け寄り、譲が安らかな寝息を立てているのを聞いて、ほっと息をつく。
「あ、そっか・・・」
すっかり忘れていたが、譲はテスト中だけ昼夜逆転生活をする。
夜の方が集中できて勉強がはかどるのだと言っていた。
それにしても、帰って来た途端にバタンキューという様相がありありだ。
譲も1年間のブランクに苦労しているのかもしれない。
望美は脱ぎ捨ててある学ランをハンガーにかけると、掛け布団を掛けてあげようと譲を覗き込んだ。
譲は片手に眼鏡を持ったまま、口を少し開いて眠りこけている。
「可愛い・・・」
眼鏡を外した譲の顔は少し幼く見える。
それが寝顔になると、ますます少年のようになる。
望美は譲の頬を軽くつついた。
熟睡している譲は無反応だ。
この分なら、何をしても起きないだろう。
望美は少々乱暴に譲の下にある掛け布団を引っ張る。
譲が身じろぎをした。
構わず、望美は掛け布団を引き抜いた。
「・・・ん・・・」
譲が寝返りを打つ。
望美はそれを見て起こしてしまったかと思ったが、譲の眼鏡が大きな身体の下敷きになりそうだったので、それを取り上げた。
その拍子に、長い髪が譲の鼻先を掠める。
譲は浮上していく意識の中で、望美の髪の香りを嗅いでいた。
夢の中の譲は大胆だ。
現実世界でしたいと思っているような事を、片っ端から実行していく。
譲は今、なんとベッドの上で望美の手首を掴み、ベッドへ引き入れようとしているのだ。
・・・うっわ、俺って大胆!
ふふ、とほくそ笑みながら嫌がる望美を抱き締める。
・・・そんなに嫌がらなくても、優しくするから大丈夫ですよ・・・
そう、なんてったって、夢の中の譲は、めちゃめちゃエッチが上手なのだ。
「ゆ、譲くん・・・」
耳もとで、望美の戸惑ったような声が聞こえる。
今日の夢はやけにリアルだ。
腕の中に居る望美の柔らかさも、胸の上にかかる心地よい重みも、今までの雲を掴むような感じとは全く違う。
・・・気持ちいい!
たまらなくなった譲は、そのまま身体を反転させて望美を組み敷く。
いつもの夢だったら望美はこの時点でアンとか言って縋り付いてくるのだが、今日は違った。
「・・・や・・・ちょっと待って・・・」
必死に抵抗しようとしている。
・・・往生際が悪いですよ・・・待てる訳ないじゃないですか・・・ほら、もうこんなに・・・
大胆な譲は、よせばいいのに下半身を望美に押し当てた。
「・・・い・・・いやぁぁっ!」
耳もとで望美の悲鳴が聞こえて、譲が目を見開く。
目の前には可愛らしい耳たぶと長い髪。
耳はキーンと鳴っている。
息を飲んで顔を上げると、真っ赤な顔をした望美が、潤んだ瞳で自分を睨んでいた。
なぜか、自分は望美を下敷きにして身じろぎもできないほど強く抱きすくめている。
「・・・?!」
がばっと身体を起こし、壁へと飛びのく。
勢いが付きすぎて後頭部を思いっきり壁にぶつけた。
「イタ・・・」
ぼやけた視界に星が散る。
「・・・最低!」
望美はベッドから降りて譲に眼鏡を投げつけると、走って部屋から出て行ってしまった。
はっきりしてきた譲の頭に、つい今しがたまで見ていたリアルな夢が蘇る。
「最低だ・・・」
譲は呆然とした。
2時間後。
「さっきはごめんね・・・譲くん、寝惚けてただけなんだよね・・・?」
望美が頬を染めて譲の部屋に入っていくと、譲は2時間前の姿勢のまま項垂れていた。
「な・・・!ちょっと、何やってるの?!」
顔を上げた譲は、今にも泣きそうだった。
「・・・だって俺・・・先輩に嫌われたら生きていけない・・・」