夢の春一番


強い風が春の到来を告げる。
譲は、気が気ではなかった。
1年の頃は望美と将臣を避けるように弓道部の朝練に参加していたので気付かなかったのだが、朝練の必要もなくなり、毎朝望美と登校している今年は、とても気になる。
強風で、望美のスカートが舞い上がるのだ。
他の女子生徒はスカートの裾を気にしてカバンで押さえたりしているのだが、望美はそういうことを気にしない。
そして、その恩恵を受けるのは、隣を歩く譲ではなく、後ろを歩く他の男子生徒。
・・・俺が心底見たくて見られないものを・・・!
とてもじゃないけど、そんなことを許しておけるほど譲は心が広くない。
後ろを振り向いて牽制の視線を送るが、男子生徒たちはそ知らぬ顔だ。
そして、またスカートが舞い上がる。
男子生徒の視線から秘宝を守るため、譲が望美の真後ろを歩く。
「・・・ん?」
隣の譲が忽然と消えていることに気付いた望美が振り向いた。
「何してるの?」
「いえ・・・ちょっと・・・」
「あ、花粉症?」
「・・・は、はい・・・今年は酷いみたいで・・・」
薬を飲んでいるので、くしゃみも鼻水もほとんど出ないのだが、鼻をこすって誤魔化す。
「あっちでは平気だったよね、たくさん杉があったのに・・・」
「ええ、一般的に花粉症は戦後に植えられた西洋杉の影響ですから。」
「そうなんだ?」
言いながら、再び望美が歩き出す。
仕方なく、譲もその隣に並ぶ。
望美の前でくしゃみをしたり鼻をかんだりするのが格好悪いので、今年はかなり強い薬を飲んでいる。
授業中に眠くなるし、やけに喉が渇いて困るのだが、そこは男の根性で耐えるしかない。
格好つけたい年頃なのだ。
ふいに、望美がクスリと笑った。
「そう言えば、くしゃみして涙目になってる譲くんて、けっこう可愛いよね。」
「・・・可愛いとか言わないでください。」
憮然として言いながらも、譲が頬を染める。
花粉症の自分が嫌がられていない事は嬉しいが、年下であることを気にしている譲にとって、可愛いという言葉は褒め言葉ではない。
「なんで?」
望美があっけらかんと言う。
「男が可愛いって言われて嬉しいわけないでしょう?」
また、突風が吹く。
譲がとっさに後ろを振り向いて睨むと、男子生徒たちが慌てて目を逸らす。
「何?」
望美が振り向くが、いつもの登校風景だ。
「いえ・・・何でも・・・」
言いながらも、譲は上の空で、歩く望美の斜め後ろにじりじりと身体をずらす。
さすがの望美も、譲の様子がおかしいことに気付いた。
「今日の譲くん、なんかヘン・・・」
むう、と立ち止まる。
望美を怒らせてしまった事に気付いた譲が、慌てて望美の正面に回り込む。
「い、いやだなあ、俺はいつも通りですよ・・・」
その時、再び突風が吹いた。
譲が思わずスカートを押さえる。
風が止んで身体を離すと、望美が真っ赤になっていた。
男子生徒たちがニヤニヤしながら通り過ぎていく。
自分の行動を思い返して、譲も赤くなった。
譲は衆人環視の中、望美を抱き締めるようにお尻を押さえていたのだ。
「・・・バカッ!」
望美が譲を突き飛ばして歩き出す。
その後ろから、譲が慌てて追いかける。
「先輩、待って下さい!俺は先輩の貞操を守ろうと・・・」
「あれじゃ意味ないでしょ!」


翌日。
望美は玄関を出るなり譲の前でスカートを捲り上げた。
「な・・・」
「これならいいでしょ?」
「・・・はい。」
望美は部活用のショートパンツを穿いていた。
譲はその時、嬉しさ半分の微妙な男心を初めて味わったと言う。




メニューへ Homeへ