夢の旅行計画


「お邪魔しまーす!」
玄関から、元気よく望美の声が聞こえてくる。
テストが終わったばかりの日曜の午後、自分の部屋でテレビゲームをしていた譲は、慌ててスタートボタンを押した。
ミニスカートの女性キャラがザコ兵を薙ぎ倒していた画面が、戦場の情報画面に切り替わる。
コントローラーを置くと、譲は焦って部屋の中を見回した。
危険物が放置されていないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
男の都合など考えず、子供の頃と同じ感覚で家に上がりこんで来る望美には、いつも冷や冷やさせられる。
望美は今日、母親と買い物に行くとか言っていた。
会えない寂しさで悶々とする男心を、ワラワラ千人斬りでスカッと紛らわしていたところなのだ。
その望美が、なぜ突然。
望美も寂しさから自分に会いに来てくれたのだろうか。
だが、いつもの軽い足音が聞こえてこない。
望美はそのまま両親が寛いでいるであろうリビングへ行ってしまったようだった。
おおかたデパ地下惣菜のお裾分けか。
譲があからさまに落胆する。
会いたいなら部屋を出て望美に会いに行けばいいのに、譲は再びゲームを再開した。
ほとんど毎朝会っているのだ。
両親の手前、用もないのにいそいそと望美の顔を見に行くのは、格好悪い。
ちっぽけな男のプライドだった。
コントローラーを操りつつも落ち着かない譲の耳に、階段を上る軽い足音。
・・・フェイントだなんて、先輩も人が悪いなあ!
譲はニヘラと頬を緩ませたが、慌ててその口もとを手で覆い、笑いを噛み殺す。
動きを止めた女性キャラが、超弱いザコ兵に槍で突かれてダメージを受けた。
「譲くーん。」
ノックの音。
譲はもう一度スタートボタンを押すと、冷静を装って答えた。
「どうぞ、入ってください。」
望美が遠慮がちにドアを開けて譲の部屋を覗く。
「何してる?勉強?」
「いえ、ゲームをしていただけですよ。」
そう言って、譲がコントローラーを置く。
それを見ると、望美は安心したように部屋に入ってきた。
国内旅行のパンフレットを大量に抱えている。
「ねえねえ、譲くんはどこに行きたい?」
そう言って、望美は譲の横に座ると、抱えていたパンフレットをバサバサと広げ始めた。
「旅行ですか?」
「うん。もうすぐ春休みだから。」
望美がニッコリと譲に笑いかける。
可愛い。
屈託のない笑顔に見惚れかけてはっとする。
「そ、そうですね・・・春休みと言えば旅行ですよね・・・」
火照る顔を誤魔化しながら、上の空で意味もなく言葉を並べる。
「そうそう!さすが譲くん、分かってるね!」
望美ははしゃいだ声でそう言うと、パンフレットの仕分けを始めた。
「これとこれは近すぎるし、日帰りだからパス!」
「日帰りはパス?!」
譲はギョッとした。
春休みにちょっと遠出して日帰り旅行デートへ行こうという誘いではないのか。
「うん、今、譲くんのお父さんとお母さんに聞いて来たんだけど、泊りがけがいいんじゃないかって。」
・・・父さん、母さん、ありがとう!
譲は階下で寛いでいるであろう父母に、心の中で感謝の祈りを捧げる。
鈍感な望美は両親の言葉が意味するところに気付いていないようだが、素晴らしい助言だ。
さて、何と言って泊りがけという言葉の意味に気付かせようか。
いや、むしろ気付かせないまま連れて行って、逃げられない状態を作ってしまった方がいいかも知れない。
ムード作りに失敗して拷問のような夜を過ごすことになっても、一晩中寝顔を眺める権利が与えられるのだ。
そして寝顔を眺めながら・・・
そこまで考えてから、譲はあることに気付いた。
「あの、先輩のご両親は、何て?」
それを聞いた望美が、頬を染める。
「うん・・・恋人同士なんだし、譲くんと二人で決めればって言うから・・・なんか、親にそんなこと言われるの、恥ずかしいよね・・・」
・・・生きててよかった・・・!
思っていることとは裏腹に、天使に導かれて天に召されるビジョンが譲の視界に浮かぶ。
双方の両親の許可は勝ち取った。
その上、望美の様子は泊りがけの意味に気付いている。
処女膜以外に何の障害もない。
照れ隠しなのか、望美が手もとのパンフレットを開くと、パラパラとめくり始めた。
「温泉に行きたいなあ。熊野でハマっちゃったんだよね〜。」
ふと手を止めて、パンフレットを指差す。
「貸切風呂とかどう?一緒にお風呂なんて久しぶりだし、知らない人が居ないところでゆっくりしたいもんね。」
・・・マジですかー?!
譲は心の中で叫んだ。
・・・ゆっくりするって、ななな何をするんですかー?!
心の中で絶叫し続けている譲に、望美が声をかけた。
「譲くんは、どういう所がいい?」
譲は望美の手中のパンフレットを凝視したまま固まっている。
望美の声に気づくはずもない。
絶叫し終わった譲の脳内に、今度は猛スピードで様々な思考が去来しているのだ。
・・・温泉でポッと桜色に染まった先輩の艶かしい項そして湯の中に霞む肢体やばい俺のぼせそう倒れたりしたら格好悪いけど先輩に介抱して貰っちゃったりしてあっそういえば温泉が乳白色だったりしたら見えないじゃないか入浴剤とか入れてないだろうなでもそれはそれで見え隠れする胸元とかもけっこうそそるよなそうだ眼鏡はずしてたらよく見えないな眼鏡かけたまま温泉に入っても怪しまれないだろうかあと曇り止めを・・・
譲を優等生と呼ばしめんとする頭脳と弓道で培われた集中力が余すところなく発揮されている。
いや、むしろ赤い彗星並みに通常の3倍くらいの出力を出しているかもしれなかった。
「ねえ、ちゃんと考えてる?!」
憮然とした望美の声にはっと我に返ると、譲はいきなり立ち上がった。
「あの、ちょっとトイレに行ってきます!」
ズボンのポケットに手を入れて部屋を出て行く。
だが、パンフレットへ目を落としながら不満そうに呟かれた望美の言葉を、譲は聞き逃さなかった。
「もう・・・毎年のことだからって、皆どこでもいいとか思ってるのかな・・・?」
・・・毎年?皆?
部屋のドアを閉めてトイレに向かいながら、譲が首を傾げる。
尿意があるわけではないので、譲は望美の言葉の意味を分析するため、その場に立ち止って考え込んだ。
・・・あ!
昔から、子供たちが長期休みになると、春日家と有川家は合同レジャーを執り行ってきた。
だが、子供たちが中高生になってから、合同レジャーは部活や受験勉強にあまり影響がない春休み限定となり、どちらかというと親好みの場所に連れて行かれる形になっていた。
望美が言っていたのは、その事だったのだ。
・・・二人きりじゃなかったのか・・・
譲がため息をつく。
望美が久しぶりに一緒に風呂に入るという相手は、多分、母親だ。
それでも。
そう、温泉と言えば浴衣。
望美のチラリ眼福サービスショットに期待がかかる。
それに、温泉には、いろいろエッチなハプニングが満載だ。
男湯だと思って入っていたら混浴だったり。
露天風呂に行こうとして道に迷い、偶然女湯が覗ける場所に出てしまったり。
どこかで見たような有り得ないハプニングが譲の脳内を通り過ぎていく。
だが。
・・・親が一緒か・・・
望美の親の目がある所でそんなハプニングが発生しても、嬉しいどころか萎える。
急速に身体の一部が冷えていくのを感じながら、譲はもう一度、ため息をついた。




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