夢のバースデイ 〜L〜
「譲く〜ん、まだ決まらないの?」
有川家の1階ベランダに座り込んで、望美が言った。
「そうですね・・・どうしようかな・・・」
庭にしゃがんで草むしりをしながら、譲が笑みを含んだ声で答える。
「もう、お昼になっちゃうよ・・・」
「そんな時間か・・・先輩、お昼は何が食べたいですか?」
「うーん、じめじめしてるから、さっぱりと冷製パスタとかどう?」
「いいですね。熟したトマトがあったかな・・・」
そう言うと、譲は家庭菜園の方へ向かう。
その背中に望美の焦れたような声が聞こえてきた。
「あーもう!これじゃあ逆だよ〜!」
トマトを収穫しながら、譲が幸せそうに笑みを浮かべる。
今日は譲の誕生日。
今年のプレゼントは譲くんの希望を聞きたいと言う望美に、ずっと回答を引き延ばしているのは、半分わざとだ。
望美は朝から、親鳥に餌をねだる雛のように譲について回っている。
譲はマイペースなフリをして普通の日曜日のように過ごし、望美を連れまわしている。
望美が自分の希望を叶えようと一生懸命になってくれている姿を見るのが嬉しすぎて。
普通の日曜日を過ごす自分を、じっと見つめてくれているのが嬉しすぎて。
物は要らない。
もう少しだけ、この幸せな時間を。
譲の欲しいものは、今、ここにあるのだ。
「お昼を食べたらどうするの?また草むしり?」
トマトを持って戻ってきた譲に、望美が諦めたような声をかける。
「雨が降ってきそうですし、ゲームでもしようかと思うんですけど・・・」
「じゃあ、レベル上げ手伝ってあげる!拠点兵長を倒さないようにすればいいんだよね?」
「はい。」
譲が微笑む。
いつもの休日とあまり変わらない午後が始まる。
「こんなんじゃ、いつもと変わらないよ〜!他に何かして欲しい事とかないの?」
コントローラーを置いて、望美が床に倒れ込んだ。
譲が苦笑しながらコントローラーを置く。
ゲームを始めて1時間、望美はやっと現状がいつもの休日と変わらないことに気付いたらしかった。
横を見れば、短めのタイトスカートからすらりとした足が惜しげもなく晒されている。
今は譲の部屋に二人きり。
親の目もない。
触れたいという気持ちが急速に膨らんで、譲は望美の膝をくすぐる。
「やはっ、くすぐったい!」
望美が笑いながら飛び起きると、くるりと表情を変えて頬を膨らませた。
「もう、私は真面目に言ってるんだよ?」
「ええ、分かってます。」
譲が笑みを浮かべて言いながら、猫にするように望美の首の下をくすぐる。
「ひゃはっ!」
望美が咄嗟に肩をすくめた。
望美の首と肩の間に譲の手が挟まる。
首と肩の間に譲の手を挟んだまま、望美が再びくるりと表情を変えて譲を睨む。
「今日は恋人同士になって初めての誕生日だから、譲くんの希望通りにしたいと思ったのに・・・そんなに遠慮するなら勝手に包丁研ぎ機買って来ちゃった方が良かったよ。」
望美は怒っている。
だが、それも自分のためで。
どうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げる。
「遠慮なんてしていませんよ。」
言いながら、望美の首の下から手を抜き、脇の下に伸ばす。
望美がそれを察して、譲の手をつかむ。
久しぶりに見る、幼い頃と全く同じ反応。
望美は幼い頃から反射神経が鋭く、くすぐろうと伸ばされた手を、こうして防衛するのが上手かった。
3人でくすぐりあって、床をのたうち回りながら大笑いした、あの頃。
気恥ずかしさから望美の身体に触ることができなくなって以来、こんな事をするのは初めてだ。
望美に触れたいという思いと、望美が自分のためだけにここに居るという喜び。
それらが、少しだけ譲を積極的にさせている。
譲と手を合わせたまま、望美が憮然と譲を見上げる。
「本当に、何もないの?」
「ええ。物は要りません。こうして貴女がそばに居るだけでいいんです。」
「欲がないんだから・・・」
望美が照れくさそうに言ったのを見て初めて、譲は自分が恥ずかしいセリフを吐いたことに気づいた。
それを誤魔化すように望美の手を振り払い、脇の下をくすぐる。
「やっ、きゃはははっ!」
一瞬の抵抗の甲斐もなく、望美が笑って身をよじる。
脇の下が望美の弱点なのは、よく知っている。
あの頃は、ただ望美を笑わせるのが楽しくて。
自分の手が、望美を支配しているのが嬉しくて。
くすぐりすぎて望美を泣かせてしまったりもした。
だが今は。
望美の脇の下を締め付けている、幼い頃にはなかった布の感触。
望美が抵抗して身をよじれば、譲の腕に甘い膨らみが押し付けられる。
これはこれで。
悪くない。
譲は笑みを浮かべながら、必死で逃れようとする望美を執拗に追いかける。
床をのたうち回ったあの頃と同じように、望美が床に倒れこむ。
譲もあの頃と同じように、逃げようとするその身体を跨いで片手で押さえつけ、もう片方の手を脇の下に伸ばした。
「・・・もうやめてぇ・・・」
望美から苦しげに声が漏れて、譲は思わず手を止めた。
見ると、望美は息を弾ませて譲を見上げていた。
笑いすぎて潤んだ瞳と上気した頬。
そんな望美を押し倒した状態の自分に気付き、笑みを浮かべていた譲が真顔になる。
望美が不思議そうにその瞳を見つめ返す。
望美の小さな唇から漏れる弾んだ息が、譲を甘く煽って。
譲の瞳が迫力を帯びる。
譲は脇の下に伸ばそうとしていた手で、そっと望美の頬に触れて、それから唇を親指でなぞった。
望美がはっとして目を見開く。
それを見て譲もはっとすると、慌てて身体を起した。
そそくさと元の場所へ座り、コントローラーを握ってから、テレビに向かって小さく呟く。
「・・・すみません。」
寝転がったまま固まっていた望美が、顔だけ譲に向ける。
背中を向けている譲の、耳が赤い。
「・・・いいのに。」
譲が一瞬真っ白になってから、驚愕の表情で望美を振り向く。
「ええっ?!」
望美は身体を起こすと、譲ににじり寄った。
「していいよ。」
譲がコントローラーを置いて、座ったまま後ずさる。
「・・・ちょっ・・・ちょっと待ってください・・・」
「したいんでしょ?」
後ずさる譲を、望美が四つん這いなって追いかける。
「・・・っそれは・・・」
四つん這いになった望美のカットソーから胸の谷間が覗いて、譲が後ずさりながらゴクリと唾を飲む。
「前から思ってたんだよね・・・キスしたいなら、すればいいのにって・・・」
「あ・・・」
・・・キスのことか・・・
逃げていたくせに少し落胆した譲の背中に、壁が当たる。
「・・・そんなに照れくさい?」
譲を壁に追い詰めて、望美が譲の膝に乗る。
望美は頬を染めながらも譲の腿の上に座ると、譲の首に腕を回した。
望美の腿が、甘く望美の体重を譲の腿に伝える。
譲が慌てて背を壁に張り付ける。
「せ、先輩っ、この体勢は俺を激しく危険な状態に・・・何を言ってるんだ俺はっ?!」
上ずった声を上げる譲に、望美が呆れたように言った。
「もう・・・恥ずかしいのはお互い様なんだから、少し黙って・・・」
譲が息を呑む。
なんだかやけに色っぽく感じるのは、気のせいだろうか。
「私からしてあげるから・・・プレゼント、これでいい?」
頬を染めた望美に間近で見つめられて、譲は息を呑んだまま、慌てて何度も頷く。
ああ、こんなの初めて。
誕生日最高。
ビバ17歳。
「じゃあ、目、つぶって?」
望美が伏し目がちに囁いた。
それを見て、譲は感動を覚える。
積極的な望美を見たことがなかったから知らなかった。
望美はこうなると、理性が吹っ飛びそうなほど色っぽいのだ。
・・・こんな先輩が見られるなんて・・・!
歓喜に震えながら目を閉じた譲の瞳の奥に、嬉し涙が滲む。
「お誕生日、おめでと・・・」
望美の囁きと共に、柔らかい唇が触れる。
譲は感極まったまま、望美の身体をかき寄せた。
望美が腿の上に乗っているせいで、密着度も高い。
初めて知る、胸と胸が合わさる快感。
息苦しいほど、長い口付け。
時が止まっているかのような感覚。
このまま時を止めてしまいたいほどの、恍惚。
望美が唇を離すと、照れくさそうに言った。
「・・・プレゼント、足りた?」
譲は快感に朦朧とした顔で望美の唇を見つめて、掠れた声で言う。
「もう少しだけ・・・もらってもいいですか・・・?」
「じゃあ、譲くんがもう要らないって言うまで、してあげる・・・」
望美がもう一度、口付ける。
譲がそれを受け止めながら、心の中で嬉しげに抗議の声を上げた。
・・・要らないなんて言えません・・・!
そして・・・・・・
どうしても要らないと言えなかった譲は、痺れを切らした望美に「欲張り!」と怒られることになる。