擬宝珠 「心の落ち着き・沈静」
学生の貧乏旅行なのだから、こんなものなのだろう。
市街から観光バスで一時間近く走ったホテルは、目の前に海水浴場が広がっているだけで、あとはサトウキビばかりが青々と茂っている辺鄙な場所で。
海で遊ぶ以外の観光をするにはまず、レンタカーなどの移動手段を手に入れなければいけないようだった。
古ぼけたホテルの一室は、どちらかというと旅館という風情で、沖縄と言うには少し場違いに思える擬宝珠の鉢植えが窓際に飾られている。
「沖縄の砂ってキレイだけどけっこう痛いよね。」
背後で望美が呟くように言って、振り向くと、ベッドの上で身体をねじるようにして足の裏を覗き込んでいた。
海から戻ってサンドレスに着替えた望美がそこに居るだけで、場違いな旅館もすっかりリゾートモードになる。
「怪我をしてしまいましたか?」
聞くと、望美は、ううん、大丈夫、と短く答えて首を振り、日焼けした肌に何かを塗りたくり始めた。
女性らしいそんな仕草を微笑ましく眺めてから、譲は再び窓の外に視線を移す。
海水浴場になっている砂浜の少し先は、切り立った崖のようになっていて、夕日に赤く染まっていた。
その辺りでダイビングを楽しむ観光客も多いと、観光バスの車中でガイドが自慢げに語っていた。
もし将臣が一緒だったら、俺はあっちで潜ってくる、などと言って自分勝手に出掛けてしまうのだろう。
ただの身勝手にしては優しすぎて、そしてどこか哀しく見える、あの泣き笑いのような微笑みを浮かべて。
「どうかした?」
立ち尽くす自分はきっと、リゾートらしからぬ沈んだ雰囲気を出していたのだろう、望美がそっと寄り添って、小さな手が、掌の中に滑り込む。
「兄さんのことを、考えてました。」
望美がはっと息を飲んだ。
「あの頃の兄さんが来たがっていたのは、こういう場所だったんですね・・・もしかしたら、平家の人達と落ち延びて、この島で暮らしたかも知れない・・・」
「うん・・・」
掠れた声とともに、とん、と小さな頭が肩にもたれて、真夏の南国でも心地良い温みが、肌に染みて。
譲は望美の手を離し、代わりに肩を抱き寄せる。
「あなたを手に入れて、俺はやっと、兄さんと向き合えるようになれたのかも知れません。沖縄に行こうと思ったのも、兄さんと一緒に誕生日を祝おうと思ったからなんです。先輩は、いつも俺と兄さんの誕生日を、いっぺんに祝ってくれたでしょう?」
「うん・・・」
俯く望美の声は、いつの間にか涙に湿っていた。
「先輩、どうか泣かないで・・・せっかくの誕生日なんですから、俺と兄さんに、笑顔でお祝いの言葉を下さい・・・」
言いながら、空いた手で望美の顎を上向け、目尻に浮かぶ涙を拭って、優しく口付ける。
軽く啄んで離すと、望美は微笑んで、窓の外に顔を向けた。
「お誕生日おめでとう、将臣くん・・・」
夕日に呟いてから、望美は少し考えて。
「それと・・・ごめんね・・・もう将臣くんには、譲くんと同じ物、あげられなくなっちゃったの・・・だから、これだけ・・・」
言って、可愛らしく夕日に投げキスをして。
「譲くんだけ、特別になっちゃったから・・・」
照れ臭そうに言うと、望美はサンドレスの肩紐を自ら解きながら、譲の首に腕を回した。
「このプレゼントは、譲くんだけだから、ね・・・お誕生日おめでとう、譲くん・・・」
潤んだ瞳で囁きながら、深く唇を奪われて。
抱き締めようと伸ばした腕の中で、望美のサンドレスが、はらりと落ちた。