「秋」


ポン、ポン、ポン・・・
蹴鞠用の鞠が、譲の身体を面白いように跳ね回る。
頭、肩、胸へと移動して、再び膝から跳ね上がって。
最後に譲が額で軽く弾くと、鞠は一回地面で弾んで白龍の手の中に納まった。
「・・・わあ!」
「譲、すごい!」
白龍と黒龍が譲に駆け寄って全身で感動を表す。
「練習すれば、すぐできるようになるよ。」
譲は二人の頭を軽く撫でて、望美と朔が座っている縁側へ歩き出した。
その背中を尊敬の眼差しで見送る白龍の手から、黒龍がいきなり鞠を奪う。
上へ放り投げて頭で受け止めようとするのだが、鞠は黒龍の額を擦って地面へ落ちる。
落ちた鞠を白龍が取り上げて同じように試みるも、同様に地面へ落ちた。
「神子、譲は料理以外も上手だ!」
白龍が擦った額を撫でながら、望美に駆け寄る。
「うん。譲くんは何でも上手だよ。お花を植えるのもね。」
赤ん坊を抱いた望美が、満開の撫子を眺めながら懐かしそうに言った。
黒龍はまだ、額を撫でながら鞠を見つめている。
「黒龍。」
微笑みながら朔が呼ぶと、黒龍は唇を尖らせながら歩いて来た。
「すぐにできるというのは、嘘だ。」
「練習すれば、って言っただろ。」
望美の隣で白龍に団子を渡しながら、譲がしれっと返す。
それを聞いた朔が、くすくすと笑い声を上げた。
「本当に、貴方たちって、よく似ているわ。」
むう、と黒龍が頬を膨らませた。
「あら、怒ることないじゃない。譲殿は素晴らしい男性よ。望美が選んだ人だもの。」
「うん!譲はすごい!神子への想いだけで、神域に入ってきた!」
白龍が口の周りに餡子をつけて、興奮気味にまくし立てる。
「・・・白龍、覚えているのか?」
譲が真顔になる。
「うん。かけらになってしまったけど、前の龍の時に、とても驚いたと思う。」
「まあ・・・」
朔が驚きの声を上げてから、黒龍を見る。
黒龍は朔に見つめられて、少し照れたような顔をしてから、朔の膝の上によじ登って座った。
朔が幸せそうに笑む。
言葉などなくても。
「他には、どんな事を覚えているんだ?」
譲が真剣な顔で白龍に問う。
「他に?・・・それと・・・いろいろあるけど、かけらだから・・・あ・・・」
そこまで言ってから、白龍は急に望美に向かって言った。
「神子は、私が天に近くあることを、望む・・・?」
「ちょっと待て、白龍!」
譲が慌てて白龍の肩をつかむと、自分の方に向き直らせた。
「それはどういう意味で言ってるんだ・・・?」
「意味?」
真剣を通り越して睨みつける勢いの譲にも、白龍はキョトンとして首を傾げる。
「ゆ、譲くん・・・」
望美が困ったように声をかけると、譲は少し声を落ち着かせて返した。
「分かってます。あの白龍とこの白龍は別人だ。でも・・・だから怖いという面もあるんです。」
「怖い?譲は私を恐れるの?」
白龍が泣きそうな顔になる。
何も悪いことをしていない子供を叱ってしまったような気分になり、譲が口を噤んだ。
「白龍、譲殿は、あなたが望美を神域に連れて行ってしまわないか不安なのよ。」
何も言えない当事者たちに代わって朔が説明すると、白龍はさも当然のように言った。
「神子が望むなら。」
譲が白龍から手を離し、黙って地面を見つめる。
「そうだね。でも、もう望む必要はないもの。そうでしょ、譲くん?」
「ですが・・・」
望美の言葉を聞いても、譲の表情は晴れない。
「・・・白龍、龍脈が正常に流れ始めるのはいつなんだ?」
「もう、少しずつ流れ始めているよ。」
「でも、まだ少しだ。」
黒龍が口を挟む。
「うん。人の身には長く思うような年月が経てば元に戻る。」
「・・・・・・」
譲が小さくため息をつくと、望美が宥めるように言った。
「大丈夫だよ、譲くん。まだ正常ではなくても、もう怨霊が出るようなことはないもの。」
「確かに、そうですけど・・・それなら、さっきの言葉は、どういう意味なんでしょうか・・・?」
「天に近いっていうの?」
「ええ。」
二人が揃って白龍を見ると、白龍が淡々と喋り出す。
「譲に言われて、思い出した。天が近くなったこと。」
「ああ・・・!」
望美が大きく納得の声を上げる。
「どういうこと?」
目を丸くした朔の膝の上で黒龍が俯いた。
「ほら、熊野で白龍が大きくなったでしょ?あの事だよ。」
「俺は反対です。」
譲が冷ややかな声を飛ばす。
「もう・・・そんな言い方しなくても、分かってるよ・・・」
望美はそう言うと、悪戯っぽい顔で白龍に赤ん坊の顔を向ける。
「白龍が小さいままなら、この子とも遊べるよね?」
「うん!分かった!赤ん坊が育ったら、蹴鞠で遊ぶ!」
白龍が力いっぱい頷く。
「あ、でも・・・白龍が小さいままだと、黒龍も大きくなれないとか?」
言いながら黒龍を見て、望美が息を飲んだ。
黒龍が俯いたまま顔を歪ませていたのだ。
涙は出ていないが、明らかに、泣き顔。
朔を見ても困ったように望美を見返すだけで、その表情の意味することが分からないらしい。
「ご、ごめん・・・大きくなりたいんだよね?」
望美が言うと、黒龍は大きく首を振って言った。
「神子・・・望まないで・・・」
「そんな・・・どうして、黒龍?」
朔が膝の上の黒龍を覗き込む。
「過ちに・・・なる・・・」
「過ち?!」
「わからない・・・かけらだから・・・でも、前の龍は、神子と触れ合ったことを後悔していた。」
「まさか・・・あの人がそんな風に思うわけないわ!」
むきになって否定する朔の様子には、かえって不安が見て取れる。
黒龍はそんな朔を悲しそうに見つめてから、呟くように話し始めた。
「ううん、神子は私に記憶がないことを悲しんでいる・・・だから分かる・・・龍は龍脈により滅んだり生じたりするもの・・・神子と触れ合ったら、神子が人として幸せでいられなくなる・・・望美のように、人と愛し合い、子を成し、愛する者と共に死することが神子の幸せと・・・」
「馬鹿ね・・・!」
黒龍の言葉が終わらないうちに、朔が黒龍を抱き締めた。


***


「それにしても、景時さんの驚きようは面白かったですね。」
腕の中で眠っている赤ん坊を起こさないように、譲が小さな声で言った。
「そうかな?私は落ち着いてると思ったよ。だって、黒龍を見たとたんにあんな風に言えるなんて、すごいよ、ね、白龍。」
「うん!景時は・・・」
「「しーっ!」」
いつもの調子で力いっぱい頷いた白龍に、望美と譲が揃って唇を尖らせる。
白龍が慌てて口を押さえてから、小さな声で言いなおした。
「うん。景時は、譲より頭がいい。」
譲が複雑な顔をして口を開く。
「確かに何の予備知識もなく銃を作ってしまうような人だから、それは認めるけど・・・白龍にそうはっきり言われると・・・それに、あの言葉は、気が動転していたせいだと思うんだけどな・・・」
ぶちぶちと呟く譲とキョトンとしている白龍を見比べて、望美は思わず吹き出した。
三人の影が夕焼けに伸びる、嵐山への帰り道。


***


帰ってきた景時は、大人の姿をした黒龍と朔がひしと抱き合っているのを見て、驚きのポーズのまましばらく固まった後にこう言った。
『ええっと・・・うん、そうだ、祝言の仕度だよね、うんうん、目出度い、あははは、良かったね〜、朔〜。』




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