めざめ


譲は浮上していく意識の中で、自分が何かとても心地良いものを抱き締めているのを感じていた。
滑らかな肌触り。
ほどよい温もり。
嗅ぎ慣れた、甘い体臭。
愛しい。
何よりも、愛しい。
これは、愛しい人の温もり。
幸せな、夢だ。
頬を緩ませながら瞳を開けて、譲は慌てた。
夢ではない。
裸の望美の背中を後ろから抱き込んで、足を絡ませて。
身動きできないほど、望美を抱き締めている。
完全に抱き枕状態。
さぞ寝苦しかったのではないか。
望美の様子を伺うと、安らかな寝息が聞こえてきた。
ほっと胸を撫で下ろし、身体を離そうとして、ためらう。
下手に動くと、望美を起こしてしまうかもしれない。
起こすにはまだ早いだろうか。
そっと首を捻って外を伺うと、既に日が昇り切っているようだった。
やけに明るいのは、そのせいだったのだ。
遮光カーテンにすれば良かっただろうか、と段ボール箱だらけの自分の部屋を見回して、譲はクスリと笑みを零した。
自宅から通える大学に決まったにも関わらず、わざわざ狭いアパートを借りて。
カーテンを選ぶのさえもどかしいほど、慌しく引っ越して。
引っ越し翌日に、早速望美を泊まらせて。
二人で朝を迎えるためだけに、一人暮らしを始めたも同然だ。
親は何も言わないが、多分、譲の下心などとうにバレているに違いない。
隠れて旅行に行くのも難しい隣家の幼馴染。
親の居ぬ間の落ち着かない交わり。
譲はずっと、望美を抱いて眠りたかったのだ。
時間を気にせず、望美と交わり続けたかったのだ。
夢は叶った。
初めて二人で朝を迎える喜び。
幸せに浸りながら、望美の髪に頬ずりをする。
「・・・ん・・・」
望美から小さく声が漏れた。
朝方まで交わり続けたとは言え、いつまでもこうしている訳にもいかない。
午後から、新入生ガイダンスがある。
望美の学校は今日が入学式で、2時からサークルの勧誘に行くのだと言っていた。
「先輩。」
譲はそっと声をかけると、望美から身体を離し、片肘をついて後ろから望美の寝顔を覗き込む。
「・・・う・・・ん・・・」
久しぶりに聞く、望美の寝起きの声。
あの異世界で望美を起こしに来てこの声を聞くたび、譲は思っていた。
一緒に朝を迎えられたら、どんなに幸せだろうか、と。
ふ、と色っぽく息を吐いて、望美が瞳を開く。
一つひとつの動作も、声も、吐息も。
初めての朝の全てを見逃さないように、譲は息を詰めて望美を見つめる。
「・・・あ・・・」
望美が昨晩のことを思い出したのか、小さく声を上げた。
慌てて振り向いて、譲が自分を見下ろしているのに気付き、頬を染める。
譲はその様子に微笑むと、からかうように言った。
「おはようございます。」
「・・・おはよ・・・」
恥ずかしそうに自分を見上げて返事を返す望美。
とても可愛い。
「寝苦しくなかったですか?」
「・・・え・・・?」
望美が寝惚けた顔で首をかしげる。
「かなりきつく抱き締めてしまっていたみたいです。」
「そう?・・・私は別に・・・あ、でも・・・あったかかったよ、すごく。」
そう言って、望美が幸せそうに微笑む。
「そうですか・・・」
自分の体温を感じながら眠ったことを、望美は幸せと感じてくれている。
愛しさに胸を締め付けられて、譲は上掛けのシーツから覗く細い肩を撫でた。
抱き締めたい。
だが、多分、今の心理状態で裸の望美を抱き締めたら、止まれなくなる。
あんなにしたのに。
まだ足りないらしい。
譲は自分の衝動を誤魔化すため、望美から目を逸らすと、上体を起こした。
身体に掛かっていたシーツが落ちて、腰の辺りでたゆむ。
すぐにそれがずるずると引っ張られるのを感じて、譲はそれを見下ろした。
引っ張っているのは、望美だ。
「・・・?」
望美を見ると、譲が起き上がったせいで捲れてしまったシーツを、せっせと胸の前にかき寄せていた。
「何をしているんですか?」
「・・・あんまり見ないで・・・恥ずかしいから・・・」
「今さらそんなこと・・・」
譲が苦笑する。
朝方まで繰り返し交わって。
知っている行為を片っ端から試して。
思い出すだけで赤面するほど淫らな姿を見せあったというのに、今さら恥ずかしいもないだろう。
「・・・だって、こんなに明るいところは、初めてだから・・・」
そう言って、望美はシーツを身体に巻きつけながら、上体を起こした。
可愛らしい女心を知って、譲が笑みを深くする。
昨夜の淫らな姿も。
今の可愛いらしい言葉も。
新しい面を見せられる度、想いは深まっていくばかりだ。
愛しさを込めて望美の髪を撫でると、望美が頬を染めて言った。
「譲くん、目、つぶって?」
「え?・・・あ、はい。」
言われるまま、目を閉じる。
顎に、そっと望美の手が触れた。
唇に、柔らかな感触。
譲がその唇を啄ばもうとすると、それはすぐに離れてしまった。
意外そうに目を開いた譲に、望美が恥ずかしそうに微笑む。
「してみたかったの。おはようのキス。」
譲の心に甘い痺れが広がる。
譲がそうであるように。
望美は望美なりに、初めての朝を喜んでくれている。
譲は返事を返す代わりに望美に軽いキスを返してから、微笑んで言った。
「ブランチ、何が食べたいですか?」
「えーとね、オムレツ!」
甘えた声に、譲が心得顔で頷く。
望美がそう言うと思っていたので、卵を買ってある。
枕元に置いてあった眼鏡をかけ、いそいそとベッドから降りた譲の背中を、望美の声が引き止めた。
「それと・・・」
予想外の言葉に譲が振り向くと、寂しそうにこちらを見つめる望美と目が合う。
少し躊躇ってから、望美は頬を染めて囁くように言った。
「・・・それと、譲くん・・・」
譲がポカンとした顔をする。
一瞬の間のあと、譲は頬を染めて再びベッドの上に乗った。
「先輩がそんなに食いしん坊だったなんて、知りませんでした・・・」
枕元に眼鏡を捨て、嬉々として望美を押し倒し、組み敷く。
「あ、違うの・・・」
望美が慌てたように首を振る。
「こんな風に誘っておいて、ずるい人だな・・・」
譲は掠れた声で言うと、望美の唇を夢中で貪り始めた。
やっと唇を離すと、望美が息を弾ませながら、快楽に潤んだ瞳で譲を睨む。
「・・・・・・バカ・・・」
可愛い。
睨まれようと罵られようと、そんな状態では誘っているようにしか見えない。
譲は笑みを浮かべながら、身体を起こして望美を包むシーツに手をかけた。
いきなり枕が飛んでくる。
「〜〜〜?!」
顔でナイスキャッチした譲が声にならない声を上げると、続けて望美の怒声が飛んできた。
「明るいところで見ないでって言ってるでしょ?!もう少し、譲くんにここに居て欲しいだけなの!」


それからしばらく。
譲は幸せそうに甘えてくる裸の望美と抱き合いながら、それ以上のことは何もさせてもらえないという史上最大の拷問にかけられることになる。




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