03:あなたとわたしの間の、時間という名の隔たり



「早く決めてくれないか。」
譲はそう言って大きくため息を吐くと、進行表にぽっかりと空いた白い部分をシャーペンの先で指し示した。
「うーん・・・」
生徒会長はシャーペンを鼻と口の間に挟んで、頭の後ろで手を組み、椅子に仰け反っている。
考えてるフリにしてはテンプレートすぎるだろ、と心の中で歯噛みしながら、譲はもう一度大きくため息を吐いた。
このお調子だけが取り柄な生徒会長のせいで、望美との幸せな登校時間が失われているのだと思うと、殴りたくなってくる。
実際、譲や他の生徒会役員の担当部分はほぼ準備が終わっていて、あとは生徒会長が担当するゲームの進行が決まらないと動けない仕事ばかり。
今までサボってきた生徒会長に付き合って早起きしようなんて物好きは譲ぐらいで、生徒会室には二人きりだ。
「・・・やっぱ、卒業生と在校生が交流できるゲームの方がいいよな・・・」
「当たり前だろ。」
「・・・最後に先輩と触れ合いたいキュンキュン、とか思ってる奴も居るだろうしなあ・・・」
ギクリとしたが、生徒会長はオカマな仕草をしているので、自分のことではないらしい。
「・・・っだろうな。」
辛うじて冷静を装いながら、譲はシャーペンを忙しなくノックする。
「あ・・・」
急に思い立ったように、生徒会長がにやけた顔を譲に向けた。
「・・・なんだよ。」
生徒会長はお調子者の分、勘が良い。
何だかんだ言って、譲はヒヤヒヤさせられてばかりで。
生徒会長が急に真面目な顔になる。
「・・・そんなに芯を出したら書きにくい。適正な長さまで仕舞いなさい。」
腕組みをして石田教諭のモノマネをすると、生徒会長は独りでブフーッと吹き出して、使える、とか満足そうに頷いた。
「真面目に考えろ!」
ヒヤヒヤさせられた分、譲は怒り心頭だ。
「分かったよ・・・じゃあ、伝言ゲーム。」
いかにもテキトーという感じで生徒会長は言い放った。
「そんな交流のないゲームでいいのかよ。」
「交流?じゃあ、作ればいいだろ。3年生と在校生をバラバラにして班を作ってさ、男女交互になるように並ばせれば?」
生徒会長の言うとおりに、譲はシミュレーションしてみる。
望美の隣にどこの馬の骨か分からない在校生が並び、可愛らしく耳打ちされてウヘウヘと喜ぶビジョンが浮かんだ。
「ボツ!」
譲が目を三角にする。
「何でだよ?」
「・・・っ・・・何でって・・・その・・・そんな在り来りなゲームで無理に交流を持たせたって、つまらないだけだろ。」
「そうかなあ?」
素直に首を傾げる生徒会長に罪悪感を覚えかけた譲を、チャイムの音が救う。
「とにかく、明日の朝までにもっと面白いゲームを考えて来いよ。俺は考えないからな。」
譲は誤魔化すように立ち上がると、進行表をファイルに仕舞った。
生徒会長はそれをつまらなそうに眺めていたが、不意に口を開く。
「生徒会役員も、ゲームに参加できればいいのにな。」
「無理言うなよ。」
譲は雑な動作でシャーペンもファイルの中に挟むと、生徒会室の扉に向かった。
「・・・そうすれば、お前も彼女とゲームできるだろ?」
背後でぽつりと言った生徒会長の声は、慈愛を含んでいて。
「・・・余計なお世話だよ。」
振り向かないまま精一杯の優しい声で返すと、譲は生徒会室を出た。
くだらない嫉妬心から、咄嗟にボツにしてしまったけれど。
卒業生と在校生が交流するという行事を請け負っている以上、どんな形にせよ、望美と馬の骨を仲良くさせるお膳立てをしなければいけないのは確かなのだ。
生徒会役員である譲は、数百分の一の確率である馬の骨候補にさえ、入れない。
もとより卒業生と在校生という隔たりがあるのに。
在校生として望美との思い出を作ることさえも許されないまま。
あと数日に限られた、二人で登校する機会も奪われたまま。
あの頃のように。
想いを通じ合わせて居なかった頃と同じように、嫉妬心を空回りさせるばかり。
最悪の場合は伝言ゲームに決めるしかないな、と思いながら、譲はとぼとぼと教室に向かった。


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