04:あなたの姿を見つけただけで、こんなにも
3階の教室からは、グラウンドがよく見える。
「いいなあ、窓際の席。」
望美は席を外していた親友の椅子にちゃっかり座って、グラウンドを眺めていた。
ジャージを着た生徒がパラパラとやる気なさそうに校舎から出てくる。
「あーあ・・・」
望美が憂鬱な声を上げてグラウンドを眺めていると、後ろから頭を小突かれた。
「似合わないよ、望美。」
「最近おかしいよね〜、センチメンタル気取っちゃって。」
「そうそう、図書室で山田詠美を山ほど借りたりしてるんだよ、ウケない?」
「ナニソレ?!望美が山田詠美?!最高に似合わない!ウケる!」
「・・・うるさいなあっ!」
望美が怒って振り向いても、爆笑していた親友達は笑いを収めることもせず口々に言う。
「だってさ、あんたに恋愛小説が理解できると思えないもん。」
「そうだよ、望美には星新一のがいいって。」
言い返そうとしていた望美は、ぐっ、と言葉に詰まってから、唇を尖らせた。
「私だって、ちょっとは分かるよ。女の子の気持ちとか、自分と同じに思う時もあるもの。」
言いながら、再び窓の外に目を向ける。
後ろでは親友達が、おおーっ、とわざとらしく喝采を送ったりしている。
「あ・・・」
熱心に窓の外を見ていた望美が、小さく呟いた。
「なあに?彼氏でも見つけた?」
からかう声にも答えずに、望美は窓に貼り付く。
ジャージを着た譲が、他の男子と何やら話しながら出てきたのだ。
3階から覗き込んでいる望美には、どんな表情をしているのかも、よく見えないけれど。
それでも、その背姿を眺めるだけでいいと思う。
格好悪い部類に入るジャージ姿さえ、キラリと眩しくて。
「おかしい・・・」
「うん、望美じゃないみたいだ・・・」
「中学生の頃に、こんな望美を見たかった・・・」
背後で口々に言う三人の親友達に、望美は窓の外を見ながら言い訳じみた声を出す。
「だって、譲くん最近忙しくて、朝も会えないんだもん。」
ほー、と三人は口を揃えて言うと、再び口々に喋り出す。
「会えないときたか・・・」
「成長したなあ〜。」
「有川君が聞いたら泣いて喜ぶね。」
急に望美が振り向く。
「ちょっと、言わないでよ?!」
三人がやはり口を揃えて、言わない言わない、と首を振ると、望美は再び窓に貼り付いた。
「そんなことを有川君にバラすくらいなら、とっくの昔に有川君の気持ちを望美にバラしてたっつーの。」
呆れたような声が飛ぶ。
望美の親友達は、譲贔屓だ。
望美と一緒に居れば譲の気持ちには自ずと気付くし、譲がどれだけ望美を中心に日々を暮らしているか、手に取るように伝わってくる。
そうすれば、譲に同情的になってしまうのは自明の理。
だから、望美は譲と付き合い始めて以来、多くの衝撃的な事実を彼女達から知らされている。
普通の幼馴染みは、むしろ恋人だって、登校時に甲斐甲斐しくカバンを持ってくれたりしない、とか。
普通の幼馴染みは、むしろ恋人だって、後ろに居るのにわざわざ手を伸ばしてドアを開けてくれたりしない、とか。
普通の幼馴染みは、むしろ恋人だって、休日のランチをリクエスト通りに作ってくれたりしない、とか。
普通の幼馴染みは、むしろ恋人だって、『昼休みの時に一緒に居た男は誰ですか』とかイチイチネチネチ聞いたりしない、とか。
そのたびに、望美は知るのだ。
当たり前だと思っていたことが、どんなに有難い(一部迷惑な)ことだったのか。
「そろそろ気付くんじゃない、有川君。」
三人のうち、望美が居座っている窓際の席の持ち主が、呟いた。
「あっ!」
望美が突然ガタリと音を立てて立ち上がり、下に向かってしきりに手を振る。
「なに?!ホントに気付いたの?」
「すっげー望美センサー。」
「だって有川君、体育の時は、いつもこっちチェックしてるし。」
「うえ・・・」
「授業時間中も、何度もこっち見るよ。」
「だって望美は窓際の席じゃないの、知ってるでしょ?」
「知ってるだろうけど・・・気になるんじゃないの。」
三人は、わーい、などと言いながら手を振っている望美の背中を眺めて、はあ、と息を吐いた。
「あーあ、行っちゃった。」
望美がそう言って席に座り直すと、代わりに親友達が窓の外を覗き込む。
「あの距離でねぇ。」
「窓の中の望美を判別するんだからね。」
「愛だね。」
「・・・そんなにスゴイことかなあ?」
望美が机に肘を突いて暢気に言うと、親友達が口々に言った。
「お前は山田詠美を読む資格なし!」
「ていうか愛される資格なし!」
「有川君が不憫すぎ!」
ひーん、と望美が耳を押さえて、逃げるように窓に貼り付く。
「あ。」
グラウンドで、譲がこちらを見上げていた。
「やっと気付いた?」
「有川君、いつもああやって見てるんだよ、望美のこと。」
「廊下とかで会う時もさ、何度も振り向いて、ね。」
望美と目が合うと、何故か譲は挨拶もしないまま、あらぬ方向を向いた。
「望美はさ、恋愛小説を読む前にすることがあるんじゃないの。」
「バレンタインデーもチョコ作り失敗したんでしょ?」
「もうすぐ卒業じゃん。ビシッと年上らしくキメなよ。」
頭の上で、親友達が口々に勝手なことを言う。
「そんなことが出来るくらいなら、とっくにやってるよ・・・ビシッとキメられないから恋愛小説を読んで勉強しようとしてるのに・・・」
チャイムが鳴っても、望美はしばらくその場で唸ったままだった。