06:手紙を書く勇気すらなく
「うーん・・・」
うつ伏せでベッドに寝そべっていた望美は、一つ唸ってから文庫本を閉じて、枕に顔を埋めた。
親友達の言っていた通り、理解できない、というのが正直な感想。
誰かが誰かを好きになって、付き合ってみたり、浮気してみたり、別れてみたり。
けれど、望美にとっては、ただそれだけのこと。
もちろん、望美はもともと本が好きで、国語も得意だし、読解力はあるほうだと思っている。
その文庫本が、たくさんの恋を鮮明に切り取っている素晴らしい作品だということは読み取ったつもり。
それでも、望美の心に届いたのは、数行のフレーズだけ。
無理もない。
望美は譲との恋の進め方を、その中から探し出そうとしているのだ。
望美みたいな女の子も、譲みたいな男の子も、まして不思議な出来事で想いを通じ合わせた恋人同士の話なんて、どこにも書いていないのは当たり前。
恋愛小説は恋愛マニュアル本ではないということに、望美はイマイチ気付いていない。
気付かないまま、エッチなところを想像だけで読んでるからかな、などと、布団の上でゴロリと転がって仰向けになる。
目を閉じて、譲に抱き締められる感覚を呼び覚ますと、耳もとに囁きがよみがえった。
昨日は日曜日で。
いつものように、譲が部活から帰って来る頃に、有川家に遊びに行って。
いつものように、ゲームをするという口実で、譲の部屋に入り浸り。
いつものように、ゲームなんかそっちのけで、抱き合って、キスをして。
いつものように、何事も無かったような顔で、家に帰ってきた。
望美にとって、いや多分、譲にとっても、今一番楽しくて気持ちいいデート。
親に内緒でイチャイチャする、不純なデート。
もともとは、二人きりになると3度に1度の割合ぐらいでキスしてくる譲を待っていただけ。
いつの間にか、そのキスが毎回のようになり。
望美も、別れ際にキスを強請るようになり。
部屋デートを重ねるごとに、キスは深く、長くなっていって。
譲の手は、耳たぶから、首筋、胸、脚へ。
ひとつ、望美が触れることを許すと、次の時には当たり前のように触れてくる。
そうやって、少しずつ、少しずつ。
触れられることが、気持ちいいと思えるようになって。
最近は、かなりヤバイ。
譲の両親に踏み込まれたら、キスしてましたテヘでは誤魔化せないぐらいヤバイ。
これ以上許したら、きっと服を脱ぐことになる。
そうなったら、きっともう、譲は止まってくれない。
『・・・先輩っ・・・』
昨日も、耳もとで漏れた、うわごとのような囁き。
ただ目を閉じてぐったりと譲へ身体を預けている望美には、何が譲にそんな声を出させるのか、見当も付かないけれど。
あの囁きは、苦手だ。
バレンタインデーの時に望美をどこかへ連れ去ろうとした、いつもと違う譲が降りてきている証拠で。
それなのに、あの囁きを聞くと、背筋にジンと電流が走って、頭が麻痺してしまう。
このまま連れ去って欲しい、などと、思ってしまう。
だから、苦手だ。
心の整理がつかないうちに、いとも簡単に流されてしまいそうで。
「ビシッとキメるって、やっぱりエッチなことなのかなあ・・・」
譲に触れられるたび、朧気だったその先のイメージが、鮮明になっていく。
未知への恐れは、以前よりも薄れて。
けれどそれ以前に、望美の心は、最初から決まっているのだ。
譲に手放しで差し出せないものなど、望美には一つもない。
望美はフンと気合いを入れると、身体を起こしてベッドの上に座り、自分でブラウスのボタンを外した。
胸もとをはだけ、しなを作ってみる。
そして恥ずかしさのあまり、そのまま前方に倒れ込む。
「ムリ・・・」
譲が見たら興奮のあまり卒倒するだろうが、望美にとっては似合わない以外の何ものでもないのだ。
望美はモソモソと再び身体を起こした。
胸もとをはだけたままで、天井を見つめる。
エッチなことを許してあげれば、きっと譲は喜ぶだろう。
でも。
望美が卒業までにしなければいけないことは、そういうことじゃない気がする。
もっと、精神的な。
好きだという気持ちを、真っ直ぐに伝えられるような。
「もうすぐ卒業式なのに・・・」
呟きながら、望美はブラウスのボタンを留め始めた。
その時、望美の脳内で、アレとコレとソレが繋がったのだ。
「・・・!」
望美は息を飲んで顔を上げると、しばらくその場で考え込む。
それからベッドを飛び降りて、携帯電話に飛び付くと、発信履歴から譲の番号を呼び出した。
だが、いつもだったら簡単に押せる通話ボタンが押せない。
しばらく逡巡してから望美は再び携帯電話を操作すると、今度はメールの編集画面を呼び出した。
だが、一つも文字を打てずに、動きを止める。
次に望美は携帯電話をベッドに放り捨てて、机の引き出しからレターセットを取り出した。
ペン立てから色ペンを取り出して、とりあえず便箋に『譲くんへ』と書く。
だが、そこからペンは進まない。
しばらく固まってから、望美は大きくため息を吐くと、机に突っ伏した。
「あの時は、あんなに簡単に好きだって言えたのにな・・・」
震える声で呟いて。
望美は机に突っ伏したまま、小さく、ぐすん、と鼻を啜った。