07:そっと見つめることを、どうか赦して



生徒会主催の『卒業生を送る会』は、滞りなく進んでいた。
裏方の管理を任されている譲は、舞台袖で進行表や用具表を片手に忙しく立ち回っている。
舞台上では、生徒会長がマイクを片手に盛り上げなくても良いところまで盛り上げていた。
体育祭の開会式にロケット花火を食べてみたり、文化祭の閉会式に爆竹を自分の足もとへバラ蒔いてみたり、自虐系ピン芸人タイプの生徒会長は、どんな状況でも確実に無理矢理その場の笑いを取ってしまう。
今日も、打ち合わせになかった白衣姿で現れて、開会からずっと石田教諭のモノマネだけをネタに独壇場だ。
譲が困り顔で腕時計を見る。
生徒会長が進行表にない行動を取りまくっているせいで。
「だいぶ時間が押してるわね。」
吹奏楽部顧問の桑島教諭が、指揮棒を持ったまま舞台を覗き込んで言った。
入退場などのBGMは吹奏楽部による生演奏なので、部員達は舞台裏の狭い場所にオーケストラピットを作って待機している。
「ええ。」
譲も桑島教諭の横から舞台を覗き込んだ。
もう次のプログラムの準備は終わっていて、あとは現プログラムの終了を待つばかり。
はっきり言って、舞台袖の面々は、ヒマだった。
舞台では、生徒会長がしつこく石田教諭の真似をしながら、それぞれの班の代表にお題を配っている。
結局、決まったのは伝言ゲームで。
それでも、生徒会長が采配をとるだけで、ただの伝言ゲームが爆笑に包まれるのだから、譲は両手を挙げて降参するしかない。
呆れ顔のまま、譲は無意識のうちに望美の姿を探していた。
クラスも学年も男女も出来得る限りバラバラに組まれた班の中で、望美を探すのは至難の業。
けれど、譲は望美の長い髪と小さな背格好を瞬時に見分ける。
だから望美センサーとか言われてしまうのだが、それはまた別の話。
望美は、1年の校章を付けた馬の骨に何やら話しかけられて、微笑みながら頷いていた。
譲の顔から表情が消える。
次の瞬間、望美がちらりと舞台袖を見た。
譲と目が合って、ギョッとした顔をしてから、隣の桑島教諭に視線を移す。
「ねえ副会長、会長に早く切り上げるよう合図を送った方が良いのではないかしら?」
いま話しかけてくれるな、と譲が思った時にはもう遅く、譲は仕方なく隣の桑島教諭に顔を向けた。
「すみません、そういう合図は決めていないんです。」
桑島教諭は残念そうに、そう、とだけ答えると、部員の居る方へ戻っていった。
譲も、望美に視線を戻す。
女教師との秘密の会話をバッチリ見ていたらしい望美は、慌てて目を逸らすと、喋りまくる生徒会長の方を見た。
すぐに生徒会長の渾身のギャグが飛んで、望美が口を押さえて吹き出す。
それを見た譲はと言えば、浮気現場を見た直後にしては楽しそうだな、と三回転宙返りな判断しか下せない。
そんな譲の後ろ向きな思考を否定するように、望美の視線が再び舞台袖に戻って。
譲は慌てて、全体の様子を見渡しているような素振りで目を逸らした。
再び望美に視線を戻しても、やはり望美はこちらをじっと見ていて、今度は舞台の生徒会長に視線を移す。
もちろん、嬉しいけれど。
こう望美にチェックされ通しでは、こっそり見つめることもできない。
望美をそっと見つめることにかけてはプロ級でも、見つめられることに関しては超初心者なのだ。
せっかく目が合ったなら爽やかに白い歯を見せて微笑みかけたりすれば良いのに、そんな芸当もできないまま、慌てて目を逸らしてばかりで。
生徒会長が舞台袖に向かってゲームスタートの合図を出した。
それを受けて譲が桑島教諭に向かって手を挙げると、桑島教諭が指揮棒を構える。
『始めなさい。』
やっぱりモノマネで生徒会長が言って、舞台裏からBGMが流れ始めると、譲は再び望美を見た。
今度は望美が照れ臭そうに目を逸らす。
すぐに馬の骨が望美に耳打ちして、譲は顔を強張らせた。
望美が何やら赤くなって、馬の骨に何か言っている。
どうやら聞き逃してしまったらしく、馬の骨は少し笑ってから、聞こえやすいように望美の耳へ両手を当てると、もう一度何かを言っている。
・・・この野郎!先輩の耳は俺の耳だぞ!
譲が心の中で地団駄を踏んでいるのも知らず、望美は慌てて何度も頷くと、今度は背伸びをして馬の骨その2に耳打ちをした。
馬の骨その2は物分かりが良く、すぐに頷いて次の女生徒に伝言を伝える。
肩の荷が降りたらしい望美は、ほっと胸を撫で下ろすと、またすぐに譲の方を見た。
譲はやはり慌てて、舞台袖から望美には見えない場所まで引っ込む。
困惑している。
どうやら、こっそり見つめていることを望美に気付かれてしまったらしい。
気付かれてしまった以上は、もう、望美を見ないようにするしかない。
もっと、見つめていたいのに。
生徒会長が、面白可笑しく伝言ゲームの結果を伝え始める。
望美は笑っているのだろうか。
あの可愛らしい笑顔で。
見たいという欲望に耐えきれず、譲は再び舞台袖に歩み寄った。


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