サンオイルを取りにビーチパラソルの所へ戻ったら、翡翠さんと幸鷹さんが居た。
この二人が二人だけで一緒に居るなんて、珍しい。
でも、どうやら仲良くしている訳ではないみたい。
翡翠さんは私の麦わら帽子を顔に被せて寝ているし、幸鷹さんは座って本を読んでいる。
「何してるんですか?」
見れば分かるけど、私は思わず訊いてしまった。
「何も。」
翡翠さんが帽子の下からくぐもった声で答える。
幸鷹さんは丁寧な動作で本にしおりを挟むと、やっと口を開いた。
「日本の名作にも触れようと思い、太宰治を読んでいました。この季節は書店に行くと新装の文庫本が平積みになっていて、思わず衝動買いしてしまいます。」
見ると、閉じられた本には「人間失格」って何だか怖い題名がついている。
「だからって、海にまで来て読むこともないんじゃないですか?」
言うと、幸鷹さんは少し寂しそうに微笑んで、怖い題名に視線を落とす。
「私もそう思いますが・・・こういった場所を積極的に楽しむ術を知らないのです。」
「確かに、海に来て海で遊ばない私たちは『人間失格』かも知れないね。」
翡翠さんが横から口を挟んで起き上がると、二人はフッと笑い合った。
うーん、この二人は仲が良いのか悪いのか、よく分からないよ。
分からないと言えば、翡翠さん。
「翡翠さんはどうして遊ばないんですか?」
訊くと、翡翠さんは欠伸を一つしてから、本気とも冗談ともつかない声で短く答える。
「海には飽きた。」
・・・分からない・・・
「姫君こそ、海で遊ばないのかな?」
翡翠さんに言われて、私は本来の目的を思い出した。
荷物からサンオイルを取り出して見せる。
「はい!今年は格好良く小麦色になろうと思うんです!」
そう言うと、翡翠さんは大げさに天をあおいでから、幸鷹さんは眉間に皺を寄せてから、同時に言った。
「姫君、そんな考えはすぐに捨てたまえ。その雪のような美しい肌が損なわれるのは、私にとって大変な損害だ。」
「花梨さん、小麦色というのは紫外線で肌の組織が破壊された結果の反応です。貴女の無垢な肌を大切にして下さい。」
・・・この二人って、変な所で息が合うよね・・・
感心のあまりポカンとしていたら、幸鷹さんが不機嫌そうに翡翠さんを見た。
「翡翠さん、説教するのか口説くのかどちらかにしてください。」
「君こそ、姫君の白い肌を美しく保ちたいなら、そうはっきり言えばいいじゃないか。」
うっ、やっぱり息が合わないみたい。
幸鷹さんは、はあ、と大袈裟にため息を吐くと、立ち上がった。
「暑いので何か冷たいものを買ってきます。」



「あ、私も一緒に行きます。」

「それじゃあ、待ってますね。」





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